・・・ 女の子は、にこにこしながら、男の子をさそって、お家の牛を見せてくれました。それは、ひたいに白い星のある、黒い小牛でした。男の子はじぶんのお家の、四つ足の白い、栗の皮のような赤い色の牛のことを話しました。女の子は、そこいらになっているり・・・ 鈴木三重吉 「岡の家」
・・・子どもはこれまでそんな小さな花を見た事がなかったものですから、またにこにことほおえみましたので、それに力を得て、おかあさんは子どもを抱き上げて、さらに行く手を急ぎました。 そのうちに第一の門に来ました。二人はそこを通って跡にかきがねをか・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・ 母は、ひとり離れて坐って、兄妹五人の、それぞれの性格のあらわれている語りかたを、始終にこにこ微笑んで、たのしみ、うっとりしていたのであるが、このとき、そっと立って障子をあけ、はっと顔色かえて、「おや。家の門のところに、フロック着た・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・ 戸内を覗くと、明らかな光、西洋蝋燭が二本裸で点っていて、罎詰や小間物などの山のように積まれてある中央の一段高い処に、肥った、口髭の濃い、にこにこした三十男がすわっていた。店では一人の兵士がタオルを展げて見ていた。 そばを見ると、暗・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・見物一同大満足の体で、おれの顔を見てにこにこしている。両方の電車が動き出す。これで交通の障碍がやっと除かれたのである。おれはこの出来事のために余程興奮して来たので、議会に行くことはよしにした。ぶらぶら散歩して、三十分もたってから、ちょうど歩・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・発汗剤のききめか、漂うような満身の汗を、妻は乾いたタオルで拭うてくれた時、勝手の方から何も知らぬ子供がカタコトと唐紙をあけて半分顔を出してにこにこした。その時自分は張りつめた心が一時にゆるむような気がして心淋しく笑ったが、眼からは涙が力なく・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・おっかさんがにこにこして、おいしい白い草の根や青いばらの実を持って来て言いました。 「さあ早くおかおを洗って、今日は少し運動をするんですよ。どれちょっとお見せ。まあ本当に奇麗だね。お前がおかおを洗っている間おっかさんが見ていてもいいかい・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・その人形は宜川のソ同盟の屯所へ行って、にこにこ笑う兵士に地下室へ案内されて、そこからもらってきた布地でつくられた。その布を見た同室の人が、あら、いいわねえ、みんなで早速人形つくりをはじめましょう、といったとき、「みんなですって、この布は私達・・・ 宮本百合子 「ことの真実」
・・・ 春慶塗の、楕円形をしている卓の向うに、翁はにこにこした顔をして、椅子に倚り掛かっていたが、花房に「あの病人を御覧」と云って、顔で方角を示した。 寝台の据えてあるあたりの畳の上に、四十余りのお上さんと、二十ばかりの青年とが据わってい・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・油の磨きで黒黒とした光沢のある革張りのソファや椅子の中で、大尉の栖方は若若しいというより、少年に見える不似合な童顔をにこにこさせ、梶に慰めを与えようとして骨折っているらしかった。食事のときも、集っている将校たちのどの顔も沈鬱な表情だったが、・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫