・・・ 王女は王子がぐっすりねいったのをかんづくと、にっこり笑って、おき上りました。じつはさっきから、上手に寝たふりをして、王子が寝入るのをねらっていたのでした。 そしておき上るといきなり、ひょいと小さな鳩になって窓からとび出しました。王・・・ 鈴木三重吉 「ぶくぶく長々火の目小僧」
・・・けれども、私がいま、このうちの誰かひとりに、にっこり笑って見せると、たったそれだけで私は、ずるずる引きずられて、その人と結婚しなければならぬ破目におちるかも知れないのだ。女は、自分の運命を決するのに、微笑一つでたくさんなのだ。おそろしい。不・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・ 振り向いて見ると、月光を浴びて明眸皓歯、二十ばかりの麗人がにっこり笑っている。「どなたです、すみません。」とにかく、あやまった。「いやよ、」と軽く魚容の肩を打ち、「竹青をお忘れになったの?」「竹青!」 魚容は仰天して立・・・ 太宰治 「竹青」
・・・ 宿のどてらに着換え、卓をへだてて、ゆきさんと向い合ってきちんと坐って、笠井さんは、はじめて心からにっこり笑った。「やっと、――」言いかけて、思わず大きい溜息をついた。「やっと?」とゆきさんも、おだやかに笑って、反問した。「・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・ラプンツェルは、やっと、にっこり笑いました。「せいせいしたわ。お城の中は暗いので、私は夜かと思っていました。」「夜なものか。君は、きのうの昼から、けさまで、ぐっすり眠っていたんだ。寝息も無いくらいに深く眠っていたので、私は、死んだの・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・ 小万はにっこり笑ッて、「あんまりひどい目に会わせておくれでないよ、虫が発ると困るからね」「はははは。でかばちもない虫だ」と、西宮。「ほほほほ。可愛い虫さ」「油虫じゃアないか」「苦労の虫さ」と、小万は西宮をちょいと睨んで・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・ 喜助はにっこり笑った。「御親切におっしゃってくだすって、ありがとうございます。なるほど島へゆくということは、ほかの人には悲しい事でございましょう。その心持ちはわたくしにも思いやってみることができます。しかしそれは世間でらくをしていた人・・・ 森鴎外 「高瀬舟」
・・・秋の夜長に……こや忍藻」にっこりわらッて口のうち、「昨夜は太う軍のことに胸なやませていた体じゃに、さてもここぞまだ児女じゃ。今はかほどまでに熟睡して、さばれ、いざ呼び起そう」 忍藻の部屋の襖を明けて母ははッとおどろいた。承塵にあッた薙刀・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・毎日朝早く妹のアガアテが部屋に這入って参って、にっこり笑うのでございます。アガアテはいつでもわたくしの所へ参ると、にっこり笑って、尼の被物に極まっている、白い帽子を着ていまして、わたくしの寝床に腰を掛けるのでございます。わたくしが妹の手を取・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
出典:青空文庫