・・・まんと云う仮面をぬいで赤裸の心を出さにゃならぬワ、昨日今日知りあった仲ではないに……第一の精霊ほんとうにそうじゃ、春さきのあったかさに老いた心の中に一寸若い心が芽ぐむと思えば、白髪のそよぎと、かおのしわがすぐ枯らして仕舞うワ。ほんとに白・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・ まともに相剋に立ち入っては一生を賭しても解決はむずかしいのだからと、今日の文化がもっている凹みの一つである女らしさの観念をこちらから把んで、そこで女らしさの取引きを行って処世的にのしてゆくという態度も今日の女の生きる打算のなかには目立・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・めに、女は、従来いい意味での女らしさ、悪い意味での女らしさと二様にだけいわれて来ていたものから、更に質を発展させた第三種めの、女としての人間らしさというものを生み出して、そこで自身のびてゆき、周囲をも伸してゆく心構えがいると思う。これまでい・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・放って置けばのしかかるし、何か云うと直さまあわてて、はい、はいの連発だ。――度し難い奴だ」「お前も何だな」 やがて彼は白い天井から文句を読み上るように云った。「出かけるがいい。息子の処へ行ってゆっくり休んで来たらよかろう。――…・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・犬箱が日向にあって、八ツ手の下に、立ったら一太より勿論大きい斑の洋犬が四つ肢を伸して眠っていた。一太は、立派な大人の男みたいな洋犬を綺麗だと思い、こわいと思い、恍惚した。「おっかちゃん、あんな犬玉子食うかい?」 母は、横眼で門の中を・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・万端数ヵ月のうちに大きく推移してゆくような時代に生き合わせて、受け身に只管失敗のないよう、間違いないようとねがいつつ女の新しい一歩を歩み出そうとしたって、自身の未熟さを思えばそれは手も足もどこに向って伸してよいか分らないようになるのが当り前・・・ 宮本百合子 「女の歴史」
・・・さあ諸君、今こそ諸君の才能を思うままに伸したがよい。そういう意味の強いて名づければ芸術の一般性を土台とした鼓舞が、プロレタリア文学運動が作家に課題として来た諸実践、創作方法を発展せしめるための努力、芸術評価の規準の客観的な確立等に対立するも・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・ 水色格子服の女性は、若い女のように小指をぴんと伸して三鞭酒盞を摘みあげた。男も。乾杯。 三鞭酒は、気分に於て、我々の卓子にまで配られた。少し晴々し、頻りに談笑するうちに、私は謂わば活動写真的な一場面を見とめた。事実黄金色の軽快なア・・・ 宮本百合子 「三鞭酒」
・・・ やがて宮本が楽しそうに体を伸してそこへ横になった。一寸経って私もそのそばへ横になった。膳を控えて並んでいる男の人達はやはりそこに膝を並べていて、今は顔を動かし何か話している。言葉はききとれないが、その話は何かそっちだけの話だということ・・・ 宮本百合子 「日記」
・・・継ぎはぎな幕の上に半分だけある大きな熨斗や、賛江と染め出された字が、十燭の電燈に照らされている。げんのしょうこを煎じた日向くさいような匂がその辺に漂っていた。 長く引っぱって呻くように唄う言葉は分らないが、震えながら身を揉むようなマンド・・・ 宮本百合子 「街」
出典:青空文庫