・・・ 二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸びあがるようにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光を出す、いちめんのかわらははこぐさの上に・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・それから川岸の細い野原に、ちょろちょろ赤い野火が這い、鷹によく似た白い鳥が、鋭く風を切って翔けた。楢ノ木大学士はそんなことには構わない。まだどこまでも川を溯って行こうとする。ところがとうとう夜になった。今はも・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・ ふき子が伸びをするように胸を反して椅子から立ちながら、「みんな紅茶のみたくない?」「賛成!」 忠一が悲痛らしく眉を顰めて、「何にしろ、蝦姑だろうね」といった。「全くさ」 大きな声で、廊下から篤介が怒鳴った。・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・そのとき忠利はふと腮髯の伸びているのに気がついて住持に剃刀はないかと言った。住持が盥に水を取って、剃刀を添えて出した。忠利は機嫌よく児小姓に髯を剃らせながら、住持に言った。「どうじゃな。この剃刀では亡者の頭をたくさん剃ったであろうな」と言っ・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・どういう樹になるかは知らないが、芽はすでに出ているのです、伸びつつあるのです。芽の内に花や実の想像はつかないとしても、その花や実がすでに今準備されつつある事は確かです。今はただできるだけ根を張りできるだけ多く養分を吸い取る事のほかになすべき・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫