・・・それはまたどこかの庭鳥がのんびりと鬨を作っている中に、如何にも物ものしく聞えるのです。書生はどうしたのかと思いながら、彼女の家の前へ行って見ました。すると眉を吊り上げた彼女は、年をとった木樵りの爺さんを引き据え、ぽかぽか白髪頭を擲っているの・・・ 芥川竜之介 「女仙」
・・・つゆ空に近い人生はのんびりと育ったA中尉にはほんとうには何もわからなかった。が、水兵や機関兵の上陸したがる心もちは彼にもはっきりわかっていた。A中尉は巻煙草をふかしながら、彼等の話にまじる時にはいつもこう云う返事をしていた。「そうだろう・・・ 芥川竜之介 「三つの窓」
・・・橋杭ももう痩せて――潮入りの小川の、なだらかにのんびりと薄墨色して、瀬は愚か、流れるほどは揺れもしないのに、水に映る影は弱って、倒に宿る蘆の葉とともに蹌踉する。 が、いかに朽ちたればといって、立樹の洞でないものを、橋杭に鳥は棲むまい。馬・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・ 小店の障子に貼紙して、 (今日より昆布 ……のんびりとしたものだ。口上が嬉しかったが、これから漫歩というのに、こぶ巻は困る。張出しの駄菓子に並んで、笊に柿が並べてある。これなら袂にも入ろう。「あり候」に挨拶の心得で、「おか・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・――実は旅の事欠けに、半紙に不自由をしたので、帳場へ通じて取寄せようか、買いに遣ろうかとも思ったが、式のごとき大まかさの、のんびりさの旅館であるから、北国一の電話で、呼寄せていいつけて、買いに遣って取寄せる隙に、自分で買って来る方が手取早い・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・こんなに忙しく、また慌しい生活を送っていたなら、ついに死ぬまでのんびりとして、この自然を楽むことなしに、死んでしまうかも知れない。 こうしたことは、恐らく昔のある時代にはなかったことでしょう。海に、深林に、また野獣に脅かされた、其の当時・・・ 小川未明 「草木の暗示から」
・・・それに較べると、田舎は、安心して道が歩けるし、しぜん人の気持ちも、のんびりとしているのだね。」と、主人は、いいました。「そうだと思います。しかし、私の不注意から、ご心配をかけましてすみません。」「君は、おばあさんをかばおうとしたばか・・・ 小川未明 「空晴れて」
・・・ さすがに永いヤケな生活の間にも、愛着の種となっていた彼の惣領も、久しぶりで会ってみては、かねがね想像していたようにのんびりと、都会風に色も白く、艶々した風ではなかった。いかにも永い冬と戦ってきたというような萎縮けた、粗硬な表情をしてい・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・それも同じように間が抜けた、のんびりした顔でニタ/\と笑った。「何ンだい、あいつら笑ってやがら!」 今にも火蓋を切ろうとしていた、彼等の緊張はゆるんだ。油断をすることは出来なかった。が、このまゝ、暫らく様子を見ることにした。 ど・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・どんなに汚いところじゃって、のんびり手足を伸せる方がなんぼえいやら知れん。」 ふと、そこへ、その子の親達が帰りかけに顔を出した。じいさんとばあさんとは、不意打ちにうろたえて頭ばかり下げた。 清三は間が悪るそうに傍に立って見ていた。・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
出典:青空文庫