・・・もし然らずして教師みずから放蕩無頼を事とすることあらば、塾風たちまち破壊し、世間の軽侮をとること必せり。その責大にして、その罰重しというべし。私塾の得、一なり。一、私塾にて俗吏を用いず。金穀の会計より掃除・取次にいたるまで、生徒、読書の・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・真面目と云うならば、今迄の文学を破壊する心が、一度はどうしても出て来なくちゃならん。 だから私の態度は……私は到底文学者じゃない。併し文学が児戯に類すると云う話と、今の話は別だよ。ただ批評をして見ると、一寸そんな事を云って見度くなるのだ・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・ そこはこの前上の野原へ行ったところよりも、も少し下流で右のほうからも一つの谷川がはいって来て、少し広い河原になり、すぐ下流は大きなさいかちの木のはえた崖になっているのでした。「おおい。」とさきに来ているこどもらがはだかで両手をあげ・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・シグナルとシグナレスはぱっと桃色に映えました。いきなり大きな幅広い声がそこらじゅうにはびこりました。「おい。本線シグナルつきの電信柱、おまえの叔父の鉄道長に早くそう言って、あの二人はいっしょにしてやった方がよかろうぜ」 見るとそれは・・・ 宮沢賢治 「シグナルとシグナレス」
・・・苔がきれいにはえている。実に円く柔らかに水がこの瀑のところを削ったもんだ。この浸蝕の柔らかさ。もう平らだ。そうだ。いつかもここを溯って行った。いいや、此処じゃない。けれどもずいぶんよく似ているぞ。川の広さも両岸の崖、ところどころ・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・そして樺の木はその時吹いて来た南風にざわざわ葉を鳴らしながら狐の置いて行った詩集をとりあげて天の川やそらいちめんの星から来る微かなあかりにすかして頁を繰りました。そのハイネの詩集にはロウレライやさまざま美しい歌がいっぱいにあったのです。そし・・・ 宮沢賢治 「土神ときつね」
・・・このお宮のいつまでも栄えますよう。」 王は立って云いました。「あなた方もどうかますます立派にお光り下さいますよう。それではごきげんよろしゅう。」 けらいたちが一度に恭々しくお辞儀をしました。 童子たちは門の外に出ました。・・・ 宮沢賢治 「双子の星」
・・・家庭は、既に強権によって、破壊されている。真に人間の心と体とが暖り合う家庭を破壊しながら、あらゆる社会的困難が発生すると、女子はすぐ家庭へ帰れるかのように責任回避して語られる。けれども、私たちの現実は、どうであろう。私たちに、もし帰る家庭が・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・紫っぽい着物がぱっと目に映えて、硝子越し、小松の生えた丘に浮かんで花が咲いたように見えた。陽子は足音を忍ばせ、いきなり彼女の目の下へ姿を現わしてひょいとお辞儀をした。「!」 思わず一歩退いて、胸を拳でたたきながら、「陽ちゃんたら・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ 私は自分を、静かな夜の中に昔栄えた廃園に、足を草に抱かれて立つ名工の手になった立像の様にも思い、 この霧もこの月も又この星の光りさえも、此の中に私と云うものが一人居るばっかりにつくりなされたものの様にも思う。 身は霧の中にただ・・・ 宮本百合子 「秋霧」
出典:青空文庫