・・・展覧会場では、この二つの頂点の処の肝心な数コマが白紙で蔽われて「カット」されていたことからしてみると、相当に深刻な描写があって人間の隠れた本能を呼びさますものがあるものと見える。 全十二巻の詞書というものを売っていたので買ってみると、詞・・・ 寺田寅彦 「山中常盤双紙」
・・・帚葉山人はわざわざわたくしのために、わたくしが頼みもせぬのに、その心やすい名医何某博士を訪い、今日普通に行われている避姙の方法につき、その実行が間断なく二、三十年の久しきに渉っても、男子の健康に障害を来すような事がないものか否かを質問し、そ・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・大勢はまだ暫くがやがやとして居たが一人の手から白紙に包んだ纏頭が其かしらの婆さんの手に移された。瞽女は泊めた家への謝儀として先ず一段を唄う。そうして大勢の中の心あるものから纏頭を得て一くさり唄うのである。三味線の胴が復た膝にもどった。大勢は・・・ 長塚節 「太十と其犬」
木村項の発見者木村博士の名は驚くべき速力を以て旬日を出ないうちに日本全国に広がった。博士の功績を表彰した学士会院とその表彰をあくまで緊張して報道する事を忘れなかった都下の各新聞は、久しぶりにといわんよりはむしろ初めて、純粋・・・ 夏目漱石 「学者と名誉」
・・・自分はひったくるようにその手紙を取って、すぐ五、六寸破いて櫛をふこうとして見ると、細かい女の字で白紙の闇をたどるといったように、細長くひょろひょろとなにか書いてあるのに気がついた。自分はちょっと一、二行読んでみる気になった。しかしこのひょろ・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・画を専門になさる、あなた方の方から云うと、同じ白色を出すのに白紙の白さと、食卓布の白さを区別するくらいな視覚力がないと視覚の発達した今日において充分理想通りの色を表現する事ができないと同様の意義で、――文学者の方でも同性質、同傾向、同境遇、・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ 鯰か、それとも大森博士か、一体手前は何だ。 ――俺は看守長だ。 ――面白い。 私はそこで窓から扉の方へ行って、赤く染った手拭で巻いた足を、食事窓から突き出した。 ――手前は看守長だと言うんなら、手前は言った言葉に対して責任・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・呉博士と往復したのも、参考書類を読破しようという熱心から独逸語を独修したのも、此時だ。けれども其結果、どうも個人の力じゃ到底やり切れんと悟った。ヴントの実験室、ジェームスの実験室、其等が無ければ、何時迄経っても真の研究は覚束ないと思い出した・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・次にチンノレイヤの賛は珍ラシキ草花モガト茶博士ノ左千夫ガクレシチンノレヤノ花という歌、四、五年前にある爺が売りに来て小桜草という花とこの花と二種の鉢植を買って、その時春の日や草花売の脊戸に来るという句を作ったので今に覚えとる・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・すると気象台の風力計や風信器や置いてある屋根の上のやぐらにいつでも一人の支那人の理学博士と子供の助手とが立っているんだ。 博士はだまっていたが子供の助手はいつでも何か言っているんだ。そいつは頭をくりくりの芥子坊主にしてね、着物だって袖の・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
出典:青空文庫