・・・そのイエニーはブルッセルで革命家、世界のブルジョアの敵カール・マルクスの妻として、世界の前進する歴史の波頭のうえに生きることとなった。 一八四八年二月、フランスで二月革命が起りイギリス、ドイツに波及しベルギーでは戒厳令が布かれた。三月三・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・折から、好況後の経済恐慌によって世間は鋭く現実に目を醒されたと同時に、文学の領域に力強い波頭をもって大衆というものが登場しはじめた。勤労するこの社会の大多数者の芸術化の要望が湧き上って、過去の文学の形式、内容は、全く新しい光りの下に見直され・・・ 宮本百合子 「今日の文学と文学賞」
・・・さて、日本の科学者は上向線を辿っていた経済、政治、文化の波頭におされて、主観的には科学のための科学に邁進していると思いながら、客観的には当時の社会の支配勢力に役立ちつつあった。ダアウィンの学説が、十九世紀イギリス資本主義興隆の科学的裏づけと・・・ 宮本百合子 「作家のみた科学者の文学的活動」
・・・などが、この波頭であった。これらの本は、文学では生産文学、素材主義の文学が現れて生活の実感のとぼしさで人々の心に飢渇を感じさせはじめた時、玄人のこしらえものよりも、素人の真実な生活からの記録がほしいという気持から、女子供の文章の真率の美がや・・・ 宮本百合子 「女性の書く本」
・・・しかも、その人情の波頭が一歩、或は数歩高まり、前進したところの形であり、また人情が一つの社会的桎梏の型に堕した時、それを身をもって破ろうとする人間の本来的感情であると思う。人情の内容は一種一様のものではない。人情の内容は、出来るだけ怠けて楽・・・ 宮本百合子 「パァル・バックの作風その他」
・・・ 風俗の心理というものは、このどちらかの一方にだけ範囲を限ってそれぞれのものがあるのではなくて、日常生活における二つの面の錯綜、二つの波頭がうち当って飛沫をあげるところに生じるのであり、その飛沫も天へは消えず自然下へおちなければならない・・・ 宮本百合子 「風俗の感受性」
・・・ けれ共、松のある出島の裾まで、白い波頭がゆるやかに見渡せて、ザザザザ――と云う響が、遠くから、次第に近く、よせて来て低い砂を□(う波が、白い水泡をのこしては引いて行く様子は必(して悪いはずもない。 江の島があるばっかりに、ここいら・・・ 宮本百合子 「冬の海」
・・・朝日に輝いた剣銃の波頭は空中に虹を撒いた。栗毛の馬の平原は狂人を載せてうねりながら、黒い地平線を造って、潮のように没落へと溢れていった。 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・時々突っ立った太股の林が揺らめくと、射し込んだ夕日が、魚の波頭で斬りつけた刃のように鱗光を閃めかした。 彼は魚の中から丘の上を仰いで見た。丘の花壇は、魚の波間に忽然として浮き上った。薔薇と鮪と芍薬と、鯛とマーガレットの段階の上で、今しも・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫