・・・働いた範囲においても時間が足りないので、無理をしたのが多い。これは今考えても不快である。自分の良心の上からばかりでなく、ほかの雑誌の編輯者に、さぞ迷惑をかけたろうと思うと、実際いい気はしない。○これからは、作ができてから、遣うものなら遣・・・ 芥川竜之介 「校正後に」
・・・「すると卒業論文の題目も、やはりその範囲内にある訳ですね。」 本間さんは何だか、口頭試験でもうけているような心もちになった。この相手の口吻には、妙に人を追窮するような所があって、それが結局自分を飛んでもない所へ陥れそうな予感が、この・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・私も今後は経済的には自分の力だけの範囲で生活する覚悟でいますが、従来親譲りの遺産によって衣食してきた関係上、思うようにいかない境遇に追いつめられるかもしれません。そんな時が来ても、私がこの農場を解放したのを悔いるようなことは断じてないつもり・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・を三種類に分け、その第三の範囲に、僕を繰り入れている。その第三の範囲というのは「労働階級の立場を是認するけれども、自分としては中流階級の自分、知識階級の自分としては、労働階級の立場に立って、その運動に参加するわけにはいかない。そこで彼らは、・・・ 有島武郎 「片信」
・・・しかし観察は、広い意味の経験の範囲内で、比較的冷静を保ち得る経験の一つである。 われ/\は日常触目する事を物々に対して、精細に見ることを努めはじめるがいい。議論よりも実際に就くべき問題である。 思索は、書物からも獲られるし、実際の人・・・ 小川未明 「文章を作る人々の根本用意」
・・・ここでちょっとその果物屋を紹介したいのだが、その果物屋は私の知っていた範囲で最も好きな店であった。そこは決して立派な店ではなかったのだが、果物屋固有の美しさが最も露骨に感ぜられた。果物はかなり勾配の急な台の上に並べてあって、その台というのも・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・ 僕の武蔵野の範囲の中には東京がある。しかしこれはむろん省かなくてはならぬ、なぜならば我々は農商務省の官衙が巍峨として聳えていたり、鉄管事件の裁判があったりする八百八街によって昔の面影を想像することができない。それに僕が近ごろ知合いにな・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・婦人をその天与の生理にも、心理にも合わない労働戦線に狩り出して、男子のような競争をさせるのでなく、処女らしさ、妻らしさ、母らしさを保護し、育児と、美容とに矛盾しない範囲の労働にとどめしめることは、新しい社会の義務だと思うのである。天理の自然・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・相手の人格と才能とをたのみ自分も共稼ぎする覚悟でなくては選択の範囲がせまくなってしまう。恋人には金がないのが普通と思わねばならぬ。社会的地位のある男子にならそれほど好きでなくとも嫁ぐというような傾向は娘の恥である。しかしいくら恋愛結婚でも二・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・一番聡明善良なるものは分科的専門的にして、自分の関係しようとする範囲をなるべく狭小にし、そして歳月をその中で楽しむ。いわゆる一ト筋を通し、一ト流れを守って、画なら画で何派の誰を中心にしたところとか、陶器なら陶器で何窯の何時頃とか、書なら書で・・・ 幸田露伴 「骨董」
出典:青空文庫