序 これはある精神病院の患者、――第二十三号がだれにでもしゃべる話である。彼はもう三十を越しているであろう。が、一見したところはいかにも若々しい狂人である。彼の半生の経験は、――いや、そんなことはどうでもよい。彼はただじっと両膝・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・ オルガンティノは反省した。「この国の風景は美しい。気候もまず温和である。土人は、――あの黄面の小人よりも、まだしも黒ん坊がましかも知れない。しかしこれも大体の気質は、親しみ易いところがある。のみならず信徒も近頃では、何万かを数える・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・――やっとこう云う反省が起って来たのは、暫くの間とうもくして、黙っていた後の事である。が、その反省は、すぐにまた老道士の次の話によって、打壊された。「千鎰や二千鎰でよろしければ、今でもさし上げよう。実は、私は、ただの人間ではない。」老人は、・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・その世界に何故渇仰の眼を向け出したか、クララ自身も分らなかったが、当時ペルジヤの町に対して勝利を得て独立と繁盛との誇りに賑やか立ったアッシジの辻を、豪奢の市民に立ち交りながら、「平和を求めよ而して永遠の平和あれ」と叫んで歩く名もない乞食の姿・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・私は自分自身の内部生活を反省してみるごとにこの感を深くするのを告白せざるをえない。 かかる場合私の取りうる立場は二つよりない。一つは第三階級に踏みとどまって、その生活者たるか、一つは第四階級に投じて融け込もうと勉めるか。衝動の醇化という・・・ 有島武郎 「想片」
・・・そうしてさらに詳しくいえば、純粋自然主義はじつに反省の形において他の一方から分化したものであったのである。 かくてこの結合の結果は我々の今日まで見てきたごとくである。初めは両者とも仲よく暮していた。それが、純粋自然主義にあってはたんに見・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・理窟は凡に立到り、そしてその反抗を起した場合に、その反抗が自分の反省の第一歩であるという事を忘れている事が、往々にして有るものである。言い古した言い方に従えば、建設の為の破壊であるという事を忘れて、破壊の為に破壊している事があるものである。・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・この家の二、三年前までは繁盛したことや、近ごろは一向客足が遠いことや、土地の人々の薄情なことや、世間で自家の欠点を指摘しているのは知らないで、勝手のいい泣き言ばかりが出た。やがてはしご段をあがって、廊下に違った足音がすると思うと、吉弥が銚子・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・幸か不幸か知らぬが終に半生を文壇の寄客となって過ごしたのは当時の青春の憧憬に発途しておる。 井侯の欧化政策は最早夢物語となった。当時の記念としては鹿鳴館が華族会館となって幸い地震の火事にも無事に免かれて残ってるだけだが、これも今は人手に・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・ 自分の力でできることは、よく反省して、注意を怠ってはならない――。 ほんとうに、あのとき、吉雄くんが、自分の木はだめだといって、そのままにしておいたり、もしくは、捨ててしまったら、どうでしたでしょう。かわいそうに、その木は、ついに、一・・・ 小川未明 「いちじゅくの木」
出典:青空文庫