・・・はげしく羽織を一あおりするとぱたりと畳に落ちた。逃げ出そうとするのを手早く座ぶとんで伏せて、それからあとは第一のねずみと同じ方法で始末をつけた。このかわいらしい生命の最後の波動を見ている時にはやはりあまりいい気持ちはしなかった。今までちゃん・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・曲りくねってむやみやたらに行くと枸杞垣とも覚しきものの鋭どく折れ曲る角でぱたりとまた赤い火に出くわした。見ると巡査である。巡査はその赤い火を焼くまでに余の頬に押し当てて「悪るいから御気を付けなさい」と言い棄てて擦れ違った。よく注意したまえと・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・ある時は五六分続いて自分の聴神経を刺激する事もあったし、またある時はその半にも至らないでぱたりとやんでしまう折もあった。けれどもその何であるかは、ついに知る機会なく過ぎた。病人は静かな男であったが、折々夜半に看護婦を小さい声で起していた。看・・・ 夏目漱石 「変な音」
・・・片膝を座蒲団の上に突いて、灯心を掻き立てたとき、花のような丁子がぱたりと朱塗の台に落ちた。同時に部屋がぱっと明かるくなった。 襖の画は蕪村の筆である。黒い柳を濃く薄く、遠近とかいて、寒むそうな漁夫が笠を傾けて土手の上を通る。床には海中文・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
出典:青空文庫