・・・と、みけは 月の ひかりで みますと、ねずみが きりの 木へ のぼり、みを ゆすって、ねこを からかったのです。 みけは あかとらの うちへ いきました。「あかとらさん、ねずみが ばかに するから、どうぞ この すずを とって ・・・ 小川未明 「みけの ごうがいやさん」
・・・ 断り無しに持って来た荷物を売りはらった金で、人力車を一台購い、長袖の法被に長股引、黒い饅頭笠といういでたちで、南地溝の側の俥夫の溜り場へのこのこ現われると、そこは朦朧俥夫の巣で、たちまち丹造の眼はひかり、彼等の気風に染まるのに何の造作も・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・丘のすそをめぐる萱の穂は白銀のごとくひかり、その間から武蔵野にはあまり多くない櫨の野生がその真紅の葉を点出している。『こんな錯雑した色は困るだろうねエ』と自分は小さな坂を上りながら頭上の林を仰いで言った。『そうですね、しかしかえって・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・ 外へ出て、日のひかりが、まばゆかった。二人だまって、お濠に沿って歩いた。「どう話していいのか、」青年は煙草に火を点じた。ひょいと首を振って、「とにかく、おどろいたなあ。」あきらかに興奮していた。「すみません。」「いや、その・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・ ひるさがり眼がさめて、青葉のひかり、心もとなく、かなしかった。丈夫になろうと思いました。 月 日。 恥かしくて恥かしくてたまらぬことの、そのまんまんなかを、家人は、むぞうさに、言い刺した。飛びあがった。下駄はいて線路! 一・・・ 太宰治 「悶悶日記」
・・・その頃の世の中には猜疑と羨怨の眼が今日ほど鋭くひかり輝いていなかったのである。 その夜、わたくしと娘とはいつものように、いつもの道を行こうとしたが、二足三足踏み出すが早いか、雪は忽ち下駄の歯にはさまる。風は傘を奪おうとし、吹雪は顔と着物・・・ 永井荷風 「雪の日」
・・・「嘘ばかり、あれは星のひかりで見えるのだ」「星のひかりと火のひかりとは趣が違うさ」「どうも、君もよほど無学だね。君、あの火は五六里先きにあるのだぜ」「何里先きだって、向うの方の空が一面に真赤になってるじゃないか」と碌さんは向・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・おれはあけがた、東の空のひかりと、西の月のあかりとで、たしかにそれを見届けた。しかしみんなももう帰ってよかろう。粟はきっと返させよう。だから悪く思わんで置け。一体盗森は、じぶんで粟餅をこさえて見たくてたまらなかったのだ。それで粟も盗んで来た・・・ 宮沢賢治 「狼森と笊森、盗森」
・・・「いいえ、飛んだってどこへ行ったって野はらはお日さんのひかりでいっぱいですよ。僕たちばらばらになろうたって、どこかのたまり水の上に落ちようたって、お日さんちゃんと見ていらっしゃるんですよ」「そうです、そうです。なんにもこわいことはあ・・・ 宮沢賢治 「おきなぐさ」
・・・お日さまの黄金色の光は、うしろの桃の木の影法師を三千寸も遠くまで投げ出し、空はまっ青にひかりましたが、誰もカイロ団に仕事を頼みに来ませんでした。そこでとのさまがえるはみんなを集めて云いました。「さっぱり誰も仕事を頼みに来んな。どうもこう・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
出典:青空文庫