・・・が、『春服』が目茶苦茶なので悲観しているのです。『春服』が立ち直る迄なりと、一つ、月々五十枚位載せて貰える、あなたの知っている同人雑誌に紹介してくれませんか。同人費は払います。余計な事を! 書きためて、懸賞当選を狙う手もあるのですが、あれに・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・消極的の悲観が恐ろしい力でその胸を襲った。と、歩く勇気も何もなくなってしまった。とめどなく涙が流れた。神がこの世にいますなら、どうか救けてください、どうか遁路を教えてください。これからはどんな難儀もする! どんな善事もする! どんなことにも・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・その時分の彼はたとえ少々の病気ぐらいにかかっても、前途の明るい希望を胸いっぱいにいだいていただけに悲観もしなければ別にあせりもしなかった。そして一年間の田舎の生活をむしろ貪欲に享楽していた。それが今、中年を過ぎた生涯の午後に、いつなおるかわ・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・起りて何人もこれが解決を与えざるが故に、力と云い、質量と云い、仕事と云うがごとき言葉は、あたかも別世界の言葉のごとく聞え、しかもこれらの考えが先験的必然のものなるにかかわらず自分はこれを理解し得ずとの悲観を懐 二・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・暗はいっさいであって明は微分である。悲観する人はここに至って自棄する。微分を知っていっさいを知らざれば知るもなんのかいあらんやと言って学問をあざけり学者をののしる。 人間とは一つの微分である。しかし人知のきわめうる微分は人間にとっては無・・・ 寺田寅彦 「知と疑い」
・・・しかし考巧忠実な店員に接し掌をさすように求める品物に関する光明を授けられると悲観が楽観に早変わりをする。現代の日本がやはりたのもしく見えて来ると同時に眼前の書籍を知らぬ小店員を気の毒に思うのである。 ドイツのある書店に或る書物を注文した・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・どうすることもできない、実に困ったと嘆息するだけで極めて悲観的の結論であります。こんな結論にはかえって到着しない方が幸であったのでしょう。真と云うものは、知らないうちは知りたいけれども、知ってからはかえってアア知らない方がよかったと思う事が・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・文学において悲観した余はこの図譜を得たために多少心細い気分を取り直した。図譜中にある建築彫刻絵画ともに、あるものは公平に評したら下らないだろうと思う。あるものは『源氏物語』や近松や西鶴以下かも知れない。しかしその優れたものになると決して文学・・・ 夏目漱石 「『東洋美術図譜』」
・・・マードック先生がわれらの現在に驚嘆してわれらの過去を研究されると同時に、われらはわれらの現在から刻々に追い捲られて、われらの未来をかくの如く悲観している。余はわれらの過去に対する先生の著書を紹介するのついでを以て、われらの運命に関しての未来・・・ 夏目漱石 「マードック先生の『日本歴史』」
・・・ 二月の海浜は、まして避寒地として有名でもない外海の浜はさびれていた。佐和子は、妹と並んで防波堤兼網乾し場の高いコンクリートのかげで、日向ぼっこをしていた。正月に、漁師たちが大焚火でもしてあたりながら食べたのだろう、蜜柑の皮が乾から・・・ 宮本百合子 「海浜一日」
出典:青空文庫