・・・この両の情はたとえその内容において彼此相一致するとしても、これを同体同物としては議論の上において混雑を生ずる訳であります。例えばある感覚物を通じて怒と云う情をあらわすとすれば、この作物より得る吾人の情もまた同性質の怒かも知れぬけれども両者同・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・一 女は常に心遣ひして其身を堅く謹護べし。朝早く起き夜は遅く寝ね、昼は寝ずして家の内のことに心を用ひ、織縫績緝怠べからず。又茶酒抔多く飲べからず。歌舞伎小唄浄瑠璃抔の淫たることを見聴べからず。宮寺抔都て人の多く集る所へ四十歳より・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・という事を十七字につづめて見ようと思うて「使ひして使ひして」と頻にうなって見たが、何だか出来そうにもないので、復もとの水楼へもどった。 水楼へはもどったが、まだ『水滸伝』が離れぬ。水楼では宋江が酒を飲んで居る。戴宗も居る。李逵も居る。こ・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・の問題は、文学作品の形をとっていたから、文学者たちの注目を集め、批判をうけましたが、ひきつづきいくつかの形で二・二六実記が出て来たし、丹羽文雄の最後の御前会議のルポルタージュ、その他いわゆる「秘史」が続々登場しはじめました。なにしろあの当時・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・如何なれば血熱し易き余を捕へ給ひて苦き盃を与へ給ひしや。如何なれば常に御前に跪き祈りし夫れを顧み給はざるや。余の祭壇には多くの捧物なせる中に最大の一なりし余が laura を捧げたる夫れなりき。而して余は神の供物を再び余のものたらしめんとす・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・弟が校門を去ってからでさえ彼此六七年にはなるだろう。女学校へ入って間もなくあった校友会に出たきり、私は、文字通り御無沙汰を続けている。我々の年代にあっては、生活の全感情がいつも刻々に移り換る現在に集注されるのが自然らしい。日々の生活にあって・・・ 宮本百合子 「思い出すかずかず」
一九四九年の春ごろから、ジャーナリズムの上に秘史、実録、実記と銘をうたれた記録ものが登場しはじめた。 氾濫した猥雑な雑誌とその内容はあきられて記録文学、ルポルタージュの特集が新しい流行となった。 記録文学、ノン・フ・・・ 宮本百合子 「ことの真実」
・・・テラス、ロマンス類が、もとの軍情報部に働いていた人をやとい入れて、戦時秘史だの反民主的な雰囲気を匂わせはじめると、その風潮は無差別にぱっとひろがって二・二六事件記事の合理化された更生から文学にまで波及し「軍艦大和」のように問題となる作品をう・・・ 宮本百合子 「ジャーナリズムの航路」
・・・おびへぬあるまゝにうつす鏡のにくらしき 片頬ふくれしかほをのぞけば ひな勇を思ひ出してソトなでゝ涙ぐみけり青貝の 螺鈿の小箱光る悲しみ紫のふくさに包み花道で もらひし小箱今はかたみよ振長き京の舞子の・・・ 宮本百合子 「短歌習作」
・・・ 前にだらりっとさげた布をあげると目玉のない鼻のないものが出てガタガタガタと笑ってはひしひと男にせまって来た。 その呪われたものの様な影の次にはまっしろな雪がキラキラ闇の中に光って居る。 あくんで居る男の足はいてついた様になって・・・ 宮本百合子 「どんづまり」
出典:青空文庫