・・・燕はこれを聞いてなんとも言えないここちになりまして、いっそ王子の肩で寒さにこごえて死んでしまおうかとも思いながらしおしおとして御返事もしないでいますと、だれか二人王子の像の下にある露台に腰かけてひそひそ話をしているものがあります。 王子・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・お昼過からは早や、お邸中寄ると触ると、ひそひそ話。 高い声では謂われぬことだが、お金子の行先はちゃんと分った。しかし手証を見ぬことだから、膝下へ呼び出して、長煙草で打擲いて、吐させる数ではなし、もともと念晴しだけのこと、縄着は邸内から出・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・昨夜、床の中で、じっとして居ると、四方の壁から、ひそひそ話声がもれて来る。ことごとく、私に就いての悪口である。ときたま、私の親友の声をさえ聞くのである。私を傷つけなければ、君たちは生きて行けないのだろうね。殴りたいだけ殴れ。踏みにじりたいだ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・あのときと、同じ姿勢で、少しまえこごみの姿勢で、ソファに深く腰をおろし、いま、高須隆哉は、八重田数枝と、ウイスキイ呑みながら、ひそひそ話を交している。ソファの傍には、八つ手の鉢植、むかしのままに、ばさと葉をひろげて、乙彦が無心に爪で千切りと・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・全体のそういう火事場泥棒めいた雰囲気のなかで、先生の正直であれという声は、案外にも、だから先生んちはいつも貧乏なんだね、という子供のひそひそ話をひき出しさえしているのである。 十二月四日から一週間、「人権擁護週間」が行われた。読売新・・・ 宮本百合子 「修身」
出典:青空文庫