・・・ 黙って乞食の挙動を見ていた子供等は、彼が帰ってしまうと、額のきずや、片手のない事などを小声でひそひそと話し合っていたが、間もなく、それぞれの仕事や遊びに気を奪われてしまったようである。子供等の受けた印象は知る事は出来ない。 乞食は・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・他のものは垣根の外でひそひそと笑いながら見て居た。蚊帳にくるまった時太十は激怒した。蚊帳の釣手を作ってまた横になったが彼は眠れない。自分にも聞かれる程波打った動悸が五分十分と経つうちにだんだん低くなって彼は漸く忌々しさを意識した。そうして彼・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・柏の木は、遠くからみな感心して、ひそひそ談し合いながら見て居りました。そこで大王もとうとう言いました。「いや、客人、ありがとう。林をきたなくせまいとの、そのおこころざしはじつに辱けない。」 ところが画かきは平気で「いいえ、あとで・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
・・・ そこでみんなはひそひそと、時間になるまでいつまでもその話ばかりしていました。 その日も十時ごろからやっぱりきのうのように暑くなりました。みんなはもう授業の済むのばかり待っていました。 二時になって五時間目が終わると、もうみんな・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・ ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談しているのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。 ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思いまし・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・みんなは、ひそひそはなしている。するとしゅっこは、いきなり両手で、みんなへ水をかけ出した。みんながばたばた防いでいたら、だんだん粘土がすべって来て、なんだかすこうし下へずれたようになった。しゅっこはよろこんで、いよいよ水をはねとばした。する・・・ 宮沢賢治 「さいかち淵」
・・・ 筒抜けに上機嫌な一太の声を、母親はぎょっとしたようなひそひそ声で、「そうかい、そりゃお手柄だ」といそいで揉み消した。「さあもう一っ稼ぎだ」 また風呂敷包を両手に下げた引かけ帯の見窄しい母親と並んで、一太は一層商売を心得・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・戦争はいやですわねえ、といいつつ、そのいやなものが強制されればやむを得ないと、屈伏する前提ででもあるかのように、ひそひそと私語がかわされていた。したがって、社会の心理に及ぼす効果をしらべると、戦争なんて、いやですわねえ、とあっちできこえこち・・・ 宮本百合子 「今年のことば」
・・・をするためにどんな滑稽なひそひそ騒ぎが演じられるかということは、ジェン・オースティンの作品を見てもわかる。彼女の書いた「誇と偏見」は彼女のような所謂ちゃんとした「淑女」でさえもどんなに「ちゃんとした結婚」への騒ぎに対しては皮肉と憐憫とを感じ・・・ 宮本百合子 「人間の結婚」
・・・ロザリーは、学校を終ったばかりのヒルダから初歩の学課を習い始めているのですが、ヒルダは、ロザリーにお稽古帳をあずけたまま、姉のフロラと窓際で、ひそひそ何か話しています。ロザリーは、どうも落附かなく、先生を傍にとられ、物足りません。自分からヒ・・・ 宮本百合子 「「母の膝の上に」(紹介並短評)」
出典:青空文庫