・・・が私を一目見て、なんや、あの人ひとの顔もろくろくよう見んとおずおずしたはるやないの、作文つくるのを勉強したはるいうけどちっとも生活能力あれへんやないのと、Kに私のことを随分くさしたからである。「亀さん」はあるデパートのネクタイ部で働いている・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・ 夜になると、幾子はますます彼に話しかけて来て、人目に立つくらいだった。入山は憤慨して帰ってしまった。 入山が帰って間もなく、幾子は、「あたし、あなたに折入って話したいことがあるんだけど……。その辺一緒に歩いて下さらない」 ・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・彼女は化粧栄えのする顔立ちで、ホテルの食堂へはいっても人目を惹くだろうが、それにしては身につけているものがお粗末すぎる。パトロンは早々と部屋へ連れて上って、みすぼらしい着物を寝巻に着更えさせるだろう。彼女は化粧を直すため、鏡台の前で、ハンド・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・火鉢の前に中腰になり、酒で染まった顔をその中に突っ込むようにしょんぼり坐っているその容子が、いかにも元気がないと、一目でわかった。蝶子はほっとした。――父親は柳吉の姿を見るなり、寝床の中で、何しに来たと呶鳴りつけたそうである。妻は籍を抜いて・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ 青い顔して、人目を避けて、引っこんでいる耕吉の生活は、村の人たちの眼には不思議なものとして映っていた。「やっぱしな、工藤の兄さんも学問をし損じて頭を悪くしたか……」こう判断しているらしかった。でそうした巌丈な赭黒い顔した村の人たちから・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・除け、それからステップの上へまで溢れた荷物を麻繩が車体へ縛りつけている恰好や――そんな一種の物ものしい特徴で、彼らが今から上り三里下り三里の峠を踰えて半島の南端の港へ十一里の道をゆく自動車であることが一目で知れるのであった。私はそれへ乗って・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・ 池のかなたより二人の小娘、十四と九つばかりなるが手を組みて唄いつつ来たるにあいぬ。一目にて貧しき家の児なるを知りたり。唄うはこのごろ流行る歌と覚しく歌の意はわれに解し難し。ただ二人が唄う節の巧みなる、その声は湿りて重き空気にさびしき波・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・男は三十五六の若紳士、女は庇髪の二十二三としか見えざる若づくり、大友は一目見て非常に驚いた。 足早に橋を渡って、「お正さんお正さん。彼れです。彼の女です!」「まア、彼の人ですか!」とお正も吃驚して見送る。「如何して又、こんな・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・先達からちょくちょく盗んだ炭の高こそ多くないが確的に人目を忍んで他の物を取ったのは今度が最初であるから一念其処へゆくと今までにない不安を覚えて来る。この不安の内には恐怖も羞恥も籠っていた。 眼前にまざまざと今日の事が浮んで来る、見下した・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・青年は身を起こしてしばし林の中をたどりしが、直ちに路にはいでず、路に近けれど人目に隠るる流れの傍らにいでたり。こはかれが家の庭を流れてかの街を貫くものとは異なり、遠き大川より引きし水道の類ゆえ、幅は三尺に足らねど深ければ水層多く、林を貫く辺・・・ 国木田独歩 「わかれ」
出典:青空文庫