・・・今日ごく手近な出版年鑑を開いて、明治初年から四分の一世紀間に亙るところを見ると、実に新聞発行の盛なのと、執筆者たちが刑罰をくって、罰金、禁獄に処せられていることのおびただしいのは誰しもびっくりするであろうと思う。それらの罪名は、殆どことごと・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
・・・と云って、夫婦は二世、親子は一世と当時の社会を支配したものの便宜のために組立てられていた親子の愛の限界は、既に、どんな人間でも子の可愛くないものはないという一般常識にまで柵を破られて来ているのである。 更に文学は、この一般人間的感情の上・・・ 宮本百合子 「夜叉のなげき」
・・・ 寺に一夜寝て、二十九日の朝三人は旅に立った。文吉は荷物を負って一歩跡を附いて行く。亀蔵が奉公前にいたと云うのをたよりにして、最初上野国高崎をさして往くのである。 九郎右衛門も宇平も文吉も、高崎をさして往くのに、亀蔵が高崎にいそうだ・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・ 露都の一夜、なつかしきエレオノラのために狂舞したヘルマン・バアルはかくして世評に対する彼の論理的欲望を充たした。 やがてデュウゼの一身には恐ろしい変化が来た。彼女はもはや情熱の城に立てこもろうとはしない。彼女は若い時の客気にま・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫