・・・それにこの部屋は、東側が全部すり硝子の窓なので、日の出とともに光が八畳間一ぱいに氾濫して、まぶしく、とても眠って居られない。私は、またそれをよいことにして、貧ゆえでなく、いや、それもあるが、わざと窓にカアテンを取り附けず、この朝日の直射を、・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・その気配を見た事のあるひとは知っているだろう。日の出以前のあの暁の気配は、決して爽快なものではない。おどろおどろ神々の怒りの太鼓の音が聞えて、朝日の光とまるっきり違う何の光か、ねばっこい小豆色の光が、樹々の梢を血なま臭く染める。陰惨、酸鼻の・・・ 太宰治 「犯人」
・・・もう六つ、日の出を見れば、夜鴉の栖を根から海へ蹴落す役目があるわ。日の永い国へ渡ったら主の顔色が善くなろうと思うての親切からじゃ。ワハハハハ」とシワルドは傍若無人に笑う。「鳴かぬ烏の闇に滅り込むまでは……」と六尺一寸の身をのして胸板を拊・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・なんだ。日の出か。なるほど奇麗だ。赤いもんがキラキラしていらア。君もう下りるか。それじゃ僕も一緒に下りよう。なるほど砂をすべって下りるとわけはないヨ。マア君待ちたまえ、馬鹿に早いナア。(急いで下りるつもりで砂をふみ外して真逆様 ・・・ 正岡子規 「初夢」
・・・つつましい、引しまった、鋭い精神の上に、徐々日の出のように方向が見え、自分の意企が輝いて来たら、嬉しさではしゃいではいけない。じっと心を守り、余分な精力と注意は一滴も他に浪費しないように、念を入れ心をあつめて、ペンならペン、絵筆なら絵筆を執・・・ 宮本百合子 「愛は神秘な修道場」
・・・外をのぞいたら、日の出まえの暗さだ、星が見えた。遠くで街の灯がかがやいている。 永い間徐行し、シグナルの赤や緑の色が見える構内で一度とまり、そろそろ列車はウラジヴォストクのプラットフォームへ入った。空の荷物運搬車が凍ったコンクリートの上・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・ 気の毒な小鳥等は、日の出とともに眼を醒し、兎に角嘴に割れるほどの実は食べつくし、猶漁って羽叩くので、軽い粟の殼は、頼りなくぱっと飛んで床の間に落ちたのであったろう。 始めて私が見た時から、彼等はきっと、いつ餌壺が満されるのかと、情・・・ 宮本百合子 「餌」
・・・ 豊島日の出と云えば、小学校の子供が厭世自殺をしたことで一時世間の耳目をひいた町である。そこの、米の桶より空俵ばかりが目立つような米屋の店頭に、米の御注文は現金に願います、という大きい刷りものが貼り出された。 それは近日来のことであ・・・ 宮本百合子 「この初冬」
・・・丁度『日の出』という大衆雑誌の広告が出ていて、そこに一つの字が目をひいた。本多式貯蓄法、林学博士本多静六。広告にそうかかれている。よほど以前にもこの博士の節倹貯蓄に関する法を語った文章を大衆的な雑誌でみたことがあったが、私は一種の感慨をもっ・・・ 宮本百合子 「市民の生活と科学」
・・・翌朝まだ日の出ない内に詩人の部屋からは燈の光がもれてそしてペンの紙をする音が寝しずまった空気をふるわして居ました。朝母がもう起きたのと云う声をかけた時にはもう机の上には墨の模様のついた紙が沢山散って居ました。 それから一週間ほど食事の時・・・ 宮本百合子 「無題(一)」
出典:青空文庫