・・・語学的天才たる粟野さんはゴッホの向日葵にも、ウォルフのリイドにも、乃至はヴェルアアランの都会の詩にも頗る冷淡に出来上っている。こう云う粟野さんに芸術のないのは犬に草のないのも同然であろう。しかし保吉に芸術のないのは驢馬に草のないのも同然であ・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・門まで僅か三四間、左手は祠の前を一坪ばかり花壇にして、松葉牡丹、鬼百合、夏菊など雑植の繁った中に、向日葵の花は高く蓮の葉の如く押被さって、何時の間にか星は隠れた。鼠色の空はどんよりとして、流るる雲も何にもない。なかなか気が晴々しないから、一・・・ 泉鏡花 「星あかり」
・・・雨や風が蝕んでやがて土に帰ってしまう、と言ったような趣きのある街で、土塀が崩れていたり家並が傾きかかっていたり――勢いのいいのは植物だけで、時とするとびっくりさせるような向日葵があったりカンナが咲いていたりする。 時どき私はそんな路を歩・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・ 決闘の夜、私は「ひまわり」というカフェにはいった。私は紺色の長いマントをひっかけ、純白の革手袋をはめていた。私はひとつカフェにつづけて二度は行かなかった。きまって五円紙幣を出すということに不審を持たれるのを怖れたのである。「ひまわり」・・・ 太宰治 「逆行」
・・・の老翁の微笑が現われ、あるいはまた輝く向日葵の花のかたわらに「未来」を夢みる乙女の凝視が現われる。これらは立派な連句であり俳諧である。 しかしこれらの一つ一つのシーンは多くの場合に静的であり活人画でありポーズである。そうして、これらの静・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・たとえば向日葵や松葉牡丹のまだ小さな時分、まいた当人でも見つけるのに骨の折れるような物影にかくれているのでさえ、いつのまにか抜かれているのに驚いた。これほど細かい仕事をするのはたぶん女の子供らしい。ある時一人で行っていた時、庭のほうで子供の・・・ 寺田寅彦 「路傍の草」
・・・立派なひまわりの花がうしろの方にぞろりとならんで光っています。それから青や紺や黄やいろいろの色硝子でこしらえた羽虫が波になったり渦巻になったりきらきらきらきら飛びめぐりました。 うしろのまっ黒なびろうどの幕が両方にさっと開いて顔の紺色な・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・よくは分らないが、二十坪足らずの空地に、円や四角の花床が作られ、菊や、紫蘭、どくだみ、麻、向日葵のようなものが、余り手を入れられずに生えている一隅なのである。 小使部屋を抜けて、石炭殼を敷いた細い細い処を通っても行けたし、教室の方からな・・・ 宮本百合子 「思い出すかずかず」
・・・牛の家畜類から、ロシアではみんなその種を食う向日葵の大きい黄色い花。飛行機、汽車、電車に自動車までがかかれ、小さい男女の子供は自分のこのみで、自分の絵をきめる。「僕、これ!」「あたち、これよ、ね!」 必ずしも、男の子は汽車で女の・・・ 宮本百合子 「砂遊場からの同志」
・・・私が愛する庭園の花は、ごく古風な薔薇、向日葵、はなあおい、百合などである。そして、私は此等の花が、野生のように繁って居るのを見たい。きちんと、均斉保った花壇は私の嫌いなものだ。そう云う花壇に植え込まれる大部分の花、――雑種で、ジョウ・・・ 宮本百合子 「素朴な庭」
出典:青空文庫