・・・今までそれは考えてはいないことでした。ひょっとしたら狸が帽子に化けて僕をいじめるのではないかしら。狸が化けるなんて、大うそだと思っていたのですが、その時ばかりはどうもそうらしい気がしてしかたがなくなりはじめました。帽子を売っていた東京の店が・・・ 有島武郎 「僕の帽子のお話」
・・・ そして、私のあとから湯槽へはいって来て、「ひょっとしたら、ここへ来やはるやろ思てました」 と、ひどく真面目な表情で言った。それでは、ここで私を待ち伏せていたのかと、返事の仕様もなく、湯のなかでふわりふわりからだを浮かせていると・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・あんなに仲よくしていたのに、ひょっとしたら嫌われたのではないかと心配して、やがて十日も顔を見ないと、もう明らかに豹一を好いてる気持を否定しかねた。だから、二週間ほど経って、ふと彼の姿を見つけると、ほッとしてずいぶんいそいそした。しかるに豹一・・・ 織田作之助 「雨」
・・・「今日はひょっとしたら大槻の下宿へ寄るかもしれない。家捜しが手間どったら寄らずに帰る」切り取った回数券はじかに細君の手へ渡してやりながら、彼は六ヶ敷い顔でそう言った。「ここだった」と彼は思った。灌木や竹藪の根が生なました赤土から切口・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・もう、だいぶ暑いころで、少年は、汗だくで捜し廻り、とうとう或る店の主人から、それは、うちにはございませぬが、横丁まがると消防のもの専門の家がありますから、そこへ行ってお聞きになると、ひょっとしたら、わかるかも知れません、といいこと教えられ、・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・いやいや、ひょっとしたら女房への不憫さの涙であったかも知れないね。とにかくこれでわかった。あれはそんな女だ。いつでも冷たく忍従して、そのくせ、やるとなったら、世間を顧慮せずやりのける。ああ、おれはそれを頼もしい性格と思ったことさえある! 芋・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・私は、からだが悪いから、ひょっとしたら、その写真にいれてもらうまえに、死ぬかも知れない。そのときには、私の家の人たちは、その記念写真の右上に白い花環で囲んだ私の笑顔を写し込む。 けれども、それは、三年、いやいや、五年十年あとのことになる・・・ 太宰治 「花燭」
・・・作家は、仕事をしなければならぬ。ひょっとしたら自分も、二三日中に旅に出る事になるかも知れない。その時には君の宿へも立ち寄ってみたいと思っている。面白い宿です。外八文字は、案外、君に気があるのかも知れぬ。もういちど話かけてみたら、どうですか。・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・焼かれた後で、天国へ行くか地獄へ行くか、それは神様まかせだけれども、ひょっとしたら、私は地獄へ落ちるかも知れないわ。生れた時には、今みたいに、こんな賤しいていたらくではなかったのです。後になったらもう二百円紙幣やら千円紙幣やら、私よりも有難・・・ 太宰治 「貨幣」
・・・私の頭を撫でて泣きます。ひょっとしたら、私は、ひどく不仕合せの子なのかも知れぬ。私は平和主義者なので、きのうも十畳の部屋のまんなかに、一人あぐらをかいて坐って、あたりをきょろきょろ見まわしていましたが、部屋の隅がはっきりわかって、人間、けん・・・ 太宰治 「虚構の春」
出典:青空文庫