・・・天に在っては比翼の鳥、地に在っては連理の枝、――ああ、あの約束を思うだけでも、わたしの胸は張り裂けるようです。少将はわたしの死んだことを聞けば、きっと歎き死に死んでしまうでしょう。 使 歎き死が出来れば仕合せです。とにかく一度は恋された・・・ 芥川竜之介 「二人小町」
・・・それがね、残らず、二つだよ、比翼なんだよ。その刺繍の姿と、おなじに、これを見て土地の人は、初路さんを殺したように、どんな唄を唱うだろう。 みだらだの、風儀を乱すの、恥を曝すのといって、どうする気だろう。浪で洗えますか、火で焼けますか、地・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ もう一度このへんの雪線が少しばかり低下して崑崙の氷河が発達すると、このへんの砂漠がいつか肥沃の地に変わってやがて世界文化の集合地になるかもしれない。 その時に日本はどうなるか。欧米はどうなるか。これはむつかしい問題である。しかしと・・・ 寺田寅彦 「ロプ・ノールその他」
・・・ 二人の定紋を比翼につけた枕は意気地なく倒れている。燈心が焚え込んで、あるかなしかの行燈の火光は、「春如海」と書いた額に映ッて、字形を夢のようにしている。 帰期を報らせに来た新造のお梅は、次の間の長火鉢に手を翳し頬を焙り、上の間へ耳・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・割合肥沃な土壌を作っています。木の生え工合がちがって見えましょう。わかりましょう。〕わかるだろうさ。けれどもみんな黙って歩いている。これがいつでもこうなんだ。さびしいんだ。けれども何でもないんだ。後ろで誰かこごんで石ころを拾っているもの・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・ もしこれ迄がインフレ出版であったというならば、それとして、その現実のなかで一番新鮮で肥沃で誠意もこもった成長の可能をもつ部分の一つが女性の著作の分野であっていいだろう。特別な本つくりめいた一部の文筆家をのぞいて、日本の女性一般はまだ本・・・ 宮本百合子 「女性の書く本」
・・・ この入りくんだ社会感情のいきさつこそが、今日、わたしたちを渦にまきこんでいる戦争挑発の肥沃な温床である。さもなければ国際裁判の公判廷で、東條英機がどうしてあのように卑劣ないいまわしで今日もなお戦争の責任を否定し、確信ありげにファシズム・・・ 宮本百合子 「平和への荷役」
出典:青空文庫