・・・ほの赤き瞼の重げに見ゆるが、泣はらしたるとは風情異り、たとえば炬燵に居眠りたるが、うっとりと覚めしもののごとく涼しき眼の中曇を帯びて、見るに俤晴やかならず、暗雲一帯眉宇をかすめて、渠は何をか物思える。 根上りに結いたる円髷の鬢頬に乱れて・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・と聞いていた故、哲学者風の重厚沈毅に加えて革命党風の精悍剛愎が眉宇に溢れている状貌らしく考えていた。左に右く多くの二葉亭を知る人が会わない先きに風采閑雅な才子風の小説家型であると想像していたと反して、私は初めから爾うは思っていなかった。・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ただいずこともなく誇れる鷹の俤、眉宇の間に動き、一搏して南の空遠く飛ばんとするかれが離別の詞を人々は耳そばだてて聴けど、暗き穴より飛び来たりし一矢深くかれが心を貫けるを知るものなし、まして暗き穴に潜める貴嬢が白き手をや、一座の光景わが目には・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・ 三十一日、微雨、いよいよ読書に妙なり。 九月一日、館主と共に近き海岸に到りて鰮魚を漁する態を観る。海浜に浜小屋というもの、東京の長家めきて一列に建てられたるを初めて見たり。 二日、無事。 三日、午後箱館に至りキトに一宿す。・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・そういう性質はずっと後になっても、眉宇の間に現われていて、或る人々から誤解されたり、余り好かれなかったりしたというのは、そんな点の現われた所であったろうと思う。まだ二十位の青年の時代に或る時は東洋の救世主を以て任ずるような空想な日を送って、・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・ほぼ同年頃の吾等の子供等と比べると眉宇の間にどことなしに浮世の波の反映らしいものがある。膝の上にはどうも西洋菓子の折らしい大きな紙包みを載せている。 聞くところによると、そのKという女優は、富豪の娘に生れ、当代の名優と云われるTKの弟子・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
出典:青空文庫