・・・死生の際が人情の極致を発露する時なりとして詩歌に、小説に、美文に採用せられ、歌はれ、描かれ写されつゝあるは、通例の事に属す。独り国民を挙つて詩化し満目詩料ならざるなく、国民品性の極致を発露し口を開いて賛すべく、嘆すべく、歌ふべく、賦すべきの・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・ 私は、鼻持ちならぬ美文の大家です。文章倶楽部の愛読者通信欄に投書している文学少女を笑えません。いや、もっと悪い。私は先日の手紙に於いて、自分の事を四十ちかい、四十ちかいと何度も言って、もはや初老のやや落ち附いた生活人のように形容していた筈・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・当時、歌人を志していた高校生の兄が大学に入る為帰省し、ぼくの美文的フォルマリズムの非を説いて、子規の『竹の里歌話』をすすめ、『赤い鳥』に自由詩を書かせました。当時作る所の『波』一篇は、白秋氏に激賞され、後選ばれて、アルス社『日本児童詩集』に・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・骨折って美文でも書くと、杉田君、またおのろけが出ましたねと突っ込む。なんぞというと、少女を持ち出して笑われる。で、おりおりはむっとして、己は子供じゃない、三十七だ、人をばかにするにも程があると憤慨する。けれどそれはすぐ消えてしまうので、懲り・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・モスコフスキーはこれを敷衍して「婦人は微分学を創成する事は出来なかったが、ライプニッツを創造した。純粋理性批判は産めないが、カントを産む事が出来る」と云っている。 話頭は転じて、いわゆる「天才教育」の問題にはいる。特別の天賦あるものを選・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・分子の集団から成る物体を連続体と考えてこれに微分方程式を応用するのが不思議でなければ、色の斑点を羅列して物象を表わす事も少しも不都合ではない。 もう少し進んで科学は客観的、芸術は主観的のものであると言う人もあろう。しかしこれもそう簡・・・ 寺田寅彦 「科学者と芸術家」
・・・また一方では、相当な科学者の書いたものでも、単に読者の退屈を紛らすためとしか思われないような、話の本筋とは本質的になんの交渉もないような事がらを五目飯のように交ぜたり、空疎な借りもののいわゆる「美文」を装飾的に織り込んだりしたようなものもま・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・ 物理学で用いられる数学の中でも最も重要なものはいわゆる微分方程式である。これは物理学的ないろいろな量の相互の関係を決定する数式であるが、それがそれらの量自身の間の関係を示すだけでなく、一つの量が少し変わったときに他の量がそれにつれて少・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・ポアンカレーの言葉を借りて云わば、前者は源因の微分的変化に対して結果の変化がまた微分的である場合に当り、後者は源因の微分的差違が結果に有限の差を生ずる場合である。 一本の麻縄に漸次に徐々に強力を加えて行く時にその張力が増すに従って、その・・・ 寺田寅彦 「地震雑感」
・・・理論的に言えば、破壊の起こる直前までの過程についてはプラスティックな物体の力学からある程度まではこぎつけられるが、ほんとうに破壊が起こり始めたが最後、もう始めの微分方程式も境界条件も全部無効になるから、これらの理論はその後の事がらについては・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
出典:青空文庫