・・・すると、僕といっしょにふりむいたジョオンズは、指をぴんと鳴らしながら、その異人の方を顋でしゃくって He is a beggar とかなんとか言った。「へえ、乞食かね」「乞食さ。毎日、波止場をうろついているらしい。己はここへよく来る・・・ 芥川竜之介 「出帆」
・・・「あのぼんやりしているのはレンズのピントを合せさえすれば――この前にあるレンズですな。――直に御覧の通りはっきりなります。」 主人はもう一度及び腰になった。と同時に石鹸玉は見る見る一枚の風景画に変った。もっとも日本の風景画ではない。・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・ 小娘はまた魚を鉤から脱して、地に投げる。今度は貴夫人の傍へ投げる。 魚は死ぬる。 ぴんと跳ね上がって、ばたりと落ちて死ぬる。 単純な、平穏な死である。踊ることをも忘れて、ついと行ってしまうのである。「おやまあ」と貴夫人・・・ 著:アルテンベルクペーター 訳:森鴎外 「釣」
・・・車蝦の小蝦は、飴色に重って萌葱の脚をぴんと跳ねる。魴ほうぼうの鰭は虹を刻み、飯鮹の紫は五つばかり、断れた雲のようにふらふらする……こち、めばる、青、鼠、樺色のその小魚の色に照映えて、黄なる蕈は美しかった。 山国に育ったから、学問の上の知・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ また疳走った声の下、ちょいと蹲む、と疾い事、筒服の膝をとんと揃えて、横から当って、婦の前垂に附着くや否や、両方の衣兜へ両手を突込んで、四角い肩して、一ふり、ぐいと首を振ると、ぴんと反らした鼻の下の髯とともに、砂除けの素通し、ちょんぼり・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・からだが弱いので、召集からも徴用からものがれ、無事に毎日、雑誌社に通勤していたのですが、戦争がはげしくなって、私たちの住んでいるこの郊外の町に、飛行機の製作工場などがあるおかげで、家のすぐ近くにもひんぴんと爆弾が降って来て、とうとう或る夜、・・・ 太宰治 「おさん」
・・・ぽんと本を投げ出して、それから机の引き出しをあけ、チョコレートの箱と、ドロップの缶を取りだし、実にどうにも気障な手つきで、――つまり、人さし指と親指と二本だけ使い、あとの三本の指は、ぴんと上に反らせたままの、あの、くすぐったい手つきでチョコ・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・それにはもう少し誰にも分かりやすい言葉で誰の頭にもぴんと響くようなものを捕えて来るのが捷径ではないかという気がしますが如何でしょうか。 思いつくままを書きました。門外漢の妄語として御聞き捨てを願います。・・・ 寺田寅彦 「御返事(石原純君へ)」
・・・昭和通りに二つ並んで建ちかかっている大ビルディングの鉄骨構造をねらったピントの中へ板橋あたりから来たかと思う駄馬が顔を出したり、小さな教会堂の門前へ隣のカフェの開業祝いの花輪飾りが押し立ててあったり、また日本一モダーンなショーウィンドウの前・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・写真機のピントガラスに映った自然や、望遠鏡の視野に現われた自然についても、時に意外な発見をして驚くのは何人にも珍しくない経験である。 芸術家としてどうすれば新しい見方をする事が出来るかという事は一概に云えない。それは人々の天性や傾向にも・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
出典:青空文庫