・・・くだらない、もうこれ織公も十一、吹ふいごばたばたは勤まるだ。二銭三銭の足にはなる。ソレ直ぐに鹿尾菜の代が浮いて出ようというものさ。……実の処、僕が小指の姉なんぞも、此家へ一人二度目妻を世話しようといってますがね、お互にこの職人が小児に本を買・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・「何にもいらねいっち事よ、朝っぱら不意に来た客に何がいるかい」 そういう所へ利助もきて挨拶した、よくまア伯父さん寄てくれました、今年は雨都合もよくて大分作物もえいようでなど簡単な挨拶にも実意が見える、人間は本気になると、親身の者をな・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・ のぶ子は、青い花に、鼻をつけて、その香気をかいでいましたが、ふいに、飛び上がりました。「わたし、お姉さんを思い出してよ……。」こう叫んでお母さまのそばへ駆けてゆきました。「わたし、あの、青い花の香りをかいで、お姉さんを思い出し・・・ 小川未明 「青い花の香り」
・・・ いろいろのことを思って、茫然としていましたからすは、不意に石が飛んできたので、びっくりして立ち上がりました。そして、木の枝に止まって下をながめますと、子供らは、なお自分を目がけて石を投げるのであります。 からすはしかたなく、その社・・・ 小川未明 「馬を殺したからす」
・・・ 私はあまりに不意なので肝を潰した。「本当ですか。」「本当とも、じつはね、こんな所にこんなに永く逗留するつもりじゃなかったんだが、君とも心安くなるし、ついこんなに永逗留をしてしまったわけさ、それでね、君に旅用だけでも遺してってあ・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・ そうすると、やがて不意に、大きな梨の実が落ちて来ました。それはそれは今までに見た事もないような大きな梨の実でした。西瓜ぐらい大きな梨の実でした。 すると、爺さんはニコニコしながら、それを拾って、自分の直ぐ側に立っている見物の一人に・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・ 男は口笛を吹いていたが、不意に襖ごしに声をかけて来た。「どないだ? 退屈でっしゃろ。飯が来るまで、遊びに来やはれしまへんか」「はあ、ありがとう」 咽喉にひっ掛った返事をした。二、三度咳ばらいして、そのまま坐っていた。なんだ・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・ オトラ婆さんは隣の家を畳んでいそいそとやって来たが、鶴さんはその夜ふいと出て行ったきり戻って来なかった。「大晦日には帰る」という言葉と、小隊長をオトラ婆さんに残して、炭坑へ働きに行ったのである。「あたしゃ一杯くわされた」 オト・・・ 織田作之助 「電報」
・・・ 不意に橋の上に味方の騎兵が顕れた。藍色の軍服や、赤い筋や、鎗の穂先が煌々と、一隊挙って五十騎ばかり。隊前には黒髯を怒らした一士官が逸物に跨って進み行く。残らず橋を渡るや否や、士官は馬上ながら急に後を捻向いて、大声に「駈足イ!」・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・ 彼にただ一つの残っている空想というのは、彼がその寡婦と寝床を共にしているとき、ふいに起こって来る、部屋の窓を明け放してしまうという空想であった。勿論彼はそのとき、誰かがそこの崖路に立っていて、彼らの窓を眺め、彼らの姿を認めて、どんなに・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
出典:青空文庫