・・・そんな風俗画は、町がどこをどう帰っていいかわからなくなりはじめるにつれて、だんだん美しくなった。自分のまだ一度も踏まなかった路――そこでは米を磨いでいる女も喧嘩をしている子供も彼を立ち停まらせた。が、見晴らしはどこへ行っても、大きな屋根の影・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・「然しビフテキに馬鈴薯は附属物だよ」と頬髭の紳士が得意らしく言った。「そうですとも! 理想は則ち実際の附属物なんだ! 馬鈴薯も全きり無いと困る、しかし馬鈴薯ばかりじゃア全く閉口する!」 と言って、上村はやや満足したらしく岡本の顔・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・と呼びなされて、はては佐伯町附属の品物のように取扱われつ、街に遊ぶ子はこの童とともに育ちぬ。かくて彼が心は人々の知らぬ間に亡び、人々は彼と朝日照り炊煙棚引き親子あり夫婦あり兄弟あり朋友あり涙ある世界に同居せりと思える間、彼はいつしか無人の島・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・で、私を何所へ遣ったものでしょうと家でもって先生に伺うと、御茶の水の師範学校付属小学校に入るが宜かろうというので、それへ入学させられました。其頃は小学校は上等が一級から八級まで、下等が一級から八級までという事に分たれて居ましたが、私は試験を・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・一体土地の風俗温和にていやしからず。中学は東京の大学に似たれど、警察署は耶蘇天主堂に似たり。ともかくも青森よりは遥によろしく、戸数も多かるべし。肴町十三日町賑い盛なり、八幡の祭礼とかにて殊更なれば、見物したけれど足の痛さに是非もなし。この日・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・其題に曰く学術技科の進闡せしをば人の心術風俗に於て益有りしと為す乎将た害ありしと為す乎とルーソー之を読みて神気俄に旺盛し、意思頓に激揚し自ら肺腸の一変して別人と成りしを覚え、殆ど飛游して新世界に跳入せしが如し。因て急に鉛筆を執りファプリシュ・・・ 幸徳秋水 「文士としての兆民先生」
・・・が凄まじいものなり俊雄は二月三月は殊勝に消光たるが今が遊びたい盛り山村君どうだねと下地を見込んで誘う水あれば、御意はよし往なんとぞ思う俊雄は馬に鞭御同道仕つると臨時総会の下相談からまた狂い出し名を変え風俗を変えて元の土地へ入り込み黒七子の長・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・それほどにして造りあげた帽子も、服も、付属品いっさいも、わずか二月ほどの役にしか立たないとを知った時に私も驚いた。「串談じゃないぜ。あの上着は十八円もかかってるよ。そんなら初めから洋服なぞを造らなければいいんだ。」 日ごろ父一人をた・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・そろそろ女の洋服がはやって来て、女学校通いの娘たちが靴だ帽子だと新規な風俗をめずらしがるころには、末子も紺地の上着に襟のところだけ紫の刺繍のしてある質素な服をつくった。その短い上着のまま、早い桃の実の色した素足を脛のあたりまであらわしながら・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・「既に金沢の方で、学校の図書室を預って、多少その方の経験もあるが、何となく僕の趣味に適するんだね――あの議院に附属した大な図書館でもあると、一つ行って見たいと思うんだが――」 原は口髭を捻りながら笑った。 茶店の片隅には四五人の・・・ 島崎藤村 「並木」
出典:青空文庫