・・・彼らの或者はもはや最後の手段に訴える外はないと覚悟して、幽霊のような企がふらふらと浮いて来た。短気はわるかった。ヤケがいけなかった。今一足の辛抱が足らなかった。しかし誰が彼らをヤケにならしめたか。法律の眼から何と見ても、天の眼からは彼らは乱・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・改造社の主人山本さんが僕と博文館との間に立って、日に幾回となく自動車で往復している最中、或日の正午頃に一人の女がふらふらと僕の家へ上り込んで来て、僕の持っている家産の半分を貰いたいと言出した。これが事件の其二である。 博文館なるものはこ・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・と女が蚊遣筒を引き寄せて蓋をとると、赤い絹糸で括りつけた蚊遣灰が燻りながらふらふらと揺れる。東隣で琴と尺八を合せる音が紫陽花の茂みを洩れて手にとるように聞え出す。すかして見ると明け放ちたる座敷の灯さえちらちら見える。「どうかな」と一人が云う・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・ 吉里はにやにや笑ッていて、それで笑いきれないようで、目を坐えて、体をふらふらさせて、口から涎を垂らしそうにして、手の甲でたびたび口を拭いている。「此糸さん、早くおくれッたらよ、盃の一つや半分、私しにくれたッて、何でもありゃアしなか・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・大きな亀が盃をくわえた首をふらふらと絶えず振って居る処は最も善く春に適した感じだ。 天神の裏門を境内に這入ってそこの茶店に休んだ。折あしく池の泥を浚えて居る処で、池は水の気もなく、掘りかけてある泥の深さが四、五尺もある。二、三十人の人夫・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・ うずのしゅげは光ってまるで踊るようにふらふらして叫びました。「さよなら、ひばりさん、さよなら、みなさん。お日さん、ありがとうございました」 そしてちょうど星が砕けて散るときのように、からだがばらばらになって一本ずつの銀毛はまっ・・・ 宮沢賢治 「おきなぐさ」
・・・春の風にふらふらやって来て、おまけに近所の原っぱへ私を散歩につれ出そうとしたのですって。それどころでなく、夜はお魚のスープをこしらえて御飯をスーさん、栄さんとりまぜ四人でたべ、丁度送って来た『文学評論』などよみ、いろいろ話し、十二時頃になっ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・そのうちわたくしふらふらと馬鹿な心持になって来まして、つい「願います」と申してしまいましたの。その時あなたがなんとおっしゃったとお思いなさいますの。「そんなら馬車をそう言って来ましょう」とおっしゃいました。あれはまずうございましたのね。あれ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・と、やがて彼は一枚の紙のようにふらふらしながら、花園の中へ降りていった。 横光利一 「花園の思想」
・・・偶々そばにふらふらと歩いている失業者、学生、或いはその他の通行人が来る。老人は彼らに向かって演説を始める。物見高い都会のことであるから、いそがしい用事を控えた人までが何事かと好奇心を起こしてのぞきにくる。老人は怒りの情にまかせて過激な言を発・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫