・・・ が、中でも一番面白かったのは、うすい仮綴じの書物が一冊、やはり翼のように表紙を開いて、ふわりと空へ上りましたが、しばらくテエブルの上で輪を描いてから、急に頁をざわつかせると、逆落しに私の膝へさっと下りて来たことです。どうしたのかと思っ・・・ 芥川竜之介 「魔術」
・・・所が駈けつけるともう一度、御影の狛犬が並んでいる河岸の空からふわりと来て、青光りのする翅と翅とがもつれ合ったと思う間もなく、蝶は二羽とも風になぐれて、まだ薄明りの残っている電柱の根元で消えたそうです。 ですからその石河岸の前をぶらぶらし・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・どうしてもふわりと浮き上らなければ水を呑ませられてしまうのです。 ふわりと浮上ると私たちは大変高い所に来たように思いました。波が行ってしまうので地面に足をつけると海岸の方を見ても海岸は見えずに波の脊中だけが見えるのでした。その中にその波・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・……さ、お横に、とこれから腰を揉むのだが、横にもすれば、俯向にもする、一つくるりと返して、ふわりと柔くまた横にもしよう。水々しい魚は、真綿、羽二重の俎に寝て、術者はまな箸を持たない料理人である。衣を透して、肉を揉み、筋を萎すのであるから恍惚・・・ 泉鏡花 「怨霊借用」
・・・やっぱりそれでも、来やあがって、ふわりとやって、鳥のように、舳の上へ、水際さ離れて、たかったがね。一あたり風を食って、向うへ、ぶくぶくとのびたっけよ。またいびつ形に円くなって、ぼやりと黄色い、薄濁りの影がさした。大きな船は舳から胴の間へかけ・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・媼が、女の両脚を餅のように下へ引くとな、腹が、ふわりと動いて胴がしんなりと伸び申したなす。「観音様の前だ、旦那、許さっせえ。」 御廚子の菩薩は、ちらちらと蝋燭の灯に瞬きたまう。 ――茫然として、銑吉は聞いていた―― 血は、と・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・れもせず、これも夫婦の深切と、嬉しいにつけて気が勇みますので、臆面もなく別の待合へ入りましたが、誰も居りません、あすこはまた一倍立派でございますね、西洋の緞子みたような綾で張詰めました、腰をかけますとふわりと沈んで、爪尖がポンとこう、」・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ あいにく留守だが、そこは雲水、風の加減で、ふわりと帰る事もあろう。「まあ一服さっせえまし、和尚様とは親類づきあい、渋茶をいれて進ぜますで。」 とにかく、いい人に逢った。爺さんは、旧藩士ででもあんなさるかと聞くと、「孫八とこ・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・とあとから仔雀がふわりと縋る。これで、羽を馴らすらしい。また一組は、おなじく餌を含んで、親雀が、狭い庭を、手水鉢の高さぐらいに舞上ると、その胸のあたりへ附着くように仔雀が飛上る。尾を地へ着けないで、舞いつつ、飛びつつ、庭中を翔廻りなどもする・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・……その端の、ふわりと薄うすひらったい処へ、指が立って、白く刎ねて、動いたと思うと、すッと扉が閉った。招いたような形だが、串戯じゃあない、人が行ったので閉めたのさ。あとで思ってもまったく色が白かった、うつくしい女の手だよ――あ、どうした。」・・・ 泉鏡花 「古狢」
出典:青空文庫