・・・ と金切声を出して、ぐたりと左の肩へ寄凭る、……体の重量が、他愛ない、暖簾の相撲で、ふわりと外れて、ぐたりと膝の崩れる時、ぶるぶると震えて、堅くなったも道理こそ、半纏の上から触っても知れた。 げっそり懐手をしてちょいとも出さない、す・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・はてな、停車場から、震えながら俥でくる途中、ついこの近まわりに、冷たい音して、川が流れて、橋がかかって、両側に遊廓らしい家が並んで、茶めしの赤い行燈もふわりと目の前にちらつくのに――ああ、こうと知ったら軽井沢で買った二合罎を、次郎どのの狗で・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・しばらく、しっかりと押え附けて、様子を窺っておりましたが、それきり物音もしませぬので、まず可かったと息を吐き、これから静に衾の方を向きますると、あにはからんやその蝙蝠は座敷の中をふわりふわり。 南無三宝と呆気に取られて、目をみはった鼻っ・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ この水ぶくれのした死骸は、川の上に浮いて、ふわりふわりと流れて、みんなの知らぬまに、海に入ってしまったのであります。不思議なことに、この死骸も、またほたるになったのです。 これが、海ぼたるでありました。 二人の兄弟は、海ぼたる・・・ 小川未明 「海ぼたる」
・・・それでは、ここで私を待ち伏せていたのかと、返事の仕様もなく、湯のなかでふわりふわりからだを浮かせていると、いきなり腕を掴まれた。「彼女はなんぞ僕の悪ぐち言うてましたやろ?」 案外にきつい口調だった。けれど、彼女という言い方にはなにか・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・次にふわりとした暖かい空気が冷え切った顔にここちよく触れました。これはさかんにストーブがたいてあるからです。次に婦人席が目につきました。毛は肩にたれて、まっ白な花をさした少女やそのほか、なんとなく気恥ずかしくってよくは見えませんでした、ただ・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・青い空の中へ浮上ったように広と潮が張っているその上に、風のつき抜ける日蔭のある一葉の舟が、天から落ちた大鳥の一枚の羽のようにふわりとしているのですから。 それからまた、澪釣でない釣もあるのです。それは澪で以てうまく食わなかったりなんかし・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・――先達あたしがこちらへ渡ってくる途中でね、鴎が一匹、小さな枝切れへ棲って、波の上をふわりふわりしていたんですの。ちょうど学校なぞにある標本を流したようでしたわ」 自分は気がついたように、海の方を見わたす。はるかの果てに地方の山が薄っす・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ 私は黙って立って、六畳間の机の引出しから稿料のはいっている封筒を取り出し、袂につっ込んで、それから原稿用紙と辞典を黒い風呂敷に包み、物体でないみたいに、ふわりと外に出る。 もう、仕事どころではない。自殺の事ばかり考えている。そうし・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・ひどく酔って、たちまち、私の頭上から巨大の竜巻が舞い上り、私の足は宙に浮き、ふわりふわりと雲霧の中を掻きわけて進むというあんばいで、そのうちに転倒し、 わたしゃ 売られて行くわいな と小声で呟き、起き上って、また転倒し、世界が自・・・ 太宰治 「酒の追憶」
出典:青空文庫