・・・ 少将はほとんど、憤然と、青年の言葉を遮った。「それは酷だ。閣下はそんな俗人じゃない。徹頭徹尾至誠の人だ。」 しかし青年は不相変、顔色も声も落着いていた。「無論俗人じゃなかったでしょう。至誠の人だった事も想像出来ます。ただそ・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・深草の少将の胤とかを、…… 小町 (憤然それをほんとうだと思ったのですか? 嘘ですよ。あなた! 少将は今でもあの人のところへ百夜通いをしているくらいですもの。少将の胤を宿すのはおろか、逢ったことさえ一度もありはしません。嘘も、嘘も、真赤・・・ 芥川竜之介 「二人小町」
・・・と思うと口も利かずに、憤然とわたしへ飛びかかりました。――その太刀打ちがどうなったかは、申し上げるまでもありますまい。わたしの太刀は二十三合目に、相手の胸を貫きました。二十三合目に、――どうかそれを忘れずに下さい。わたしは今でもこの事だけは・・・ 芥川竜之介 「藪の中」
・・・ ところが、その大阪的な御寮人さんの場合どうなったか、私は知る由もないが、しかし彼女が時時憤然たる顔をして戎橋の「月ヶ瀬」というしるこ屋にはいっているのを私は見受けるのである。「月ヶ瀬」へ彼女が現れるのは、大抵夫婦喧嘩をしたときに限るの・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・私はまず、この雨の中を憤然としてトランクを提げて東京駅から発って行ったであろう笹川の姿を、想像した。そして「やっぱし彼はえらい男だ!」と、思わずにはいられなかったのだ。 私は平生から用意してあるモルヒネの頓服を飲んで、朝も昼も何も喰べず・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・ 夕暮近いので、街はひとしおの雑踏を極め、鉄道馬車の往来、人車の東西に駈けぬける車輪の音、途を急ぐ人足の響きなど、あたりは騒然紛然としていた。この騒がしい場所の騒がしい時にかの男は悠然と尺八を吹いていたのである。それであるから、自分の目・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・彼等は、その時代の人間のため、生活のため、人生のために奮然としてペンをとっていたのである。彼等の思想や、立場には勿論同感しないが、彼等のペンをとる態度は、僕は、どこまでも、手本として学びたいと心がけている。 愛読した本と、作家は、まだほ・・・ 黒島伝治 「愛読した本と作家から」
・・・気のきかない、げびた、ちっともなっていない陳腐な駄洒落を連発して、取り巻きのものもまた、可笑しくもないのに、手を拍たんばかりに、そのあいつの一言一言に笑い興じて、いちどは博士も、席を蹴って憤然と立ちあがりましたが、そのとき、卓上から床にころ・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・大学を卒業して雑誌社に勤務するようになってからも同じ事で、大隅君は皆に敬遠せられ、意地の悪い二、三の同僚は、大隅君の博識を全く無視して、ほとんど筋肉労働に類した仕事などを押しつける始末なので、大隅君は憤然、職を辞した。大隅君は昔から、決して・・・ 太宰治 「佳日」
・・・ 男の子が、ビイルを持って来て、三人の前に順々にコップを置くが早いか熊本君は、一つのコップを手に取って憤然、ぱたりと卓の上に伏せた。私は内心、閉口した。「よし、佐伯も飲んじゃいかん。僕が、ひとりで飲もう。アルコオルは、本当に、罪悪な・・・ 太宰治 「乞食学生」
出典:青空文庫