・・・どうかして舞台で旨い事をしたのを、劇評家が見て、あれは好く導いて発展させたら、立派なものになるだろうにと、惜んで遣ることもある。しかしその発展が出来ないで、永遠に愛くるしい見せ物に甘んじている。その名はドリスである。 ドリス自身には、技・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ それに、舞台が私の故郷に近いので、いっそうその若い心が私の心に滲みとおって感じられるように思われた。日記を見てから、小林秀三君はもう単なる小林秀三君ではなかった。私の小林秀三君であった。どこに行ってもその小林君が生きて私の身辺について・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・特許局に隠れていた足掛け八年の地味な平和の生活は、おそらく彼のとっては意義の深いものであったに相違ないが、ともかくも三十一にして彼は立って始めて本舞台に乗り出した訳である。一九一一年にはプラーグの正教授に招聘され、一九一二年に再びチューリヒ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ 十六 外人部隊 たいへんに前評判のあった映画であるが自分にはそれほどでなかった。言葉のよくわからないせいもあろうがいったいに前のスターンバークの「モロッコ」などに比べて歯切れが悪くてアクセントの弱い作品のように思わ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・「勧進帳なんかむりだもんね。舞台も狭いし、ここじゃやはり腕達者な二三流どこの役者がいいだろう」「そうかもしれません」「鴈治郎はよくかけ声か何かで飛びあがるね」「ほんとうにおかしな人。私あの顔嫌いや」「おもしろい役者じゃな・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・土地の新聞の文芸欄を舞台にして、彼の独特な文章は、熊本の歌つくりやトルストイアンどもをふるえあがらせた。五尺たらずで、胃病もちで、しなびた小さい顔にいつも鼻じわよせながら、ニヤリニヤリと皮肉な笑いをうかべている男だった。「ホホン、そりゃ・・・ 徳永直 「白い道」
・・・ その頃、幾年となく、黒衣の帯に金槌をさし、オペラ館の舞台に背景の飾附をしていた年の頃は五十前後の親方がいた。眼の細い、身丈の低くからぬ、丈夫そうな爺さんであった。浅草という土地がら、大道具という職業がらには似もつかず、物事が手荒でなく・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・テニソンの『アイジルス』は優麗都雅の点において古今の雄篇たるのみならず性格の描写においても十九世紀の人間を古代の舞台に躍らせるようなかきぶりであるから、かかる短篇を草するには大に参考すべき長詩であるはいうまでもない。元来なら記憶を新たにする・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・田舎廻りの舞台の上で、彼は玄武門の勇士を演じ、自分で原田重吉に扮装した。見物の人々は、彼の下手カスの芸を見ないで、実物の原田重吉が、実物の自分に扮して芝居をし、日清戦争の幕に出るのを面白がった。だがその芝居は、重吉の経験した戦争ではなく、そ・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・ だが、私たちは舞台へ登場した。 二 そこは妙な部屋であった。鰮の罐詰の内部のような感じのする部屋であった。低い天井と床板と、四方の壁とより外には何にも無いようなガランとした、湿っぽくて、黴臭い部屋であった。室の真・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
出典:青空文庫