・・・ その後も、花を生けに行く辰之助と連れ立って見舞いに行ったが、病状には目立った変化もなかった。どうかすると、兄は悶えながら起きあがって、痩せた膝に両手を突きながら、体をゆすりゆすり苦痛を怺えていた。「人の知らない苦労するよ」 我・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・一国の伝統にして戦争によって終局を告げたものも、仮名づかいの変化の如きを初めとして、その例を挙げたら二、三に止まらぬであろう。昭和廿二年二月 ○ 市川の町を歩いている時、わたくしは折々四、五十年前、電車も自・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・ 木村項だけが炳として俗人の眸を焼くに至った変化につれて、木村項の周囲にある暗黒面は依然として、木村項の知られざる前と同じように人からその存在を忘れられるならば、日本の科学は木村博士一人の科学で、他の物理学者、数学者、化学者、乃至動植物・・・ 夏目漱石 「学者と名誉」
・・・そしてこの魔法のような不思議の変化は、単に私が道に迷って、方位を錯覚したことにだけ原因している。いつも町の南はずれにあるポストが、反対の入口である北に見えた。いつもは左側にある街路の町家が、逆に右側の方へ移ってしまった。そしてただこの変化が・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・その後、廃藩置県、法律改定、学校設立、新聞発行、商売工業の変化より廃刀・断髪等の件々にいたるまで、その趣を見れば、我が日本を評してこれを新造の一国と云わざるをえず。人あるいはこの諸件の変革を見て、その原因を王政維新の一挙に帰し、政府をもって・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・ただ杜甫の経歴の変化多く波瀾多きに反して、曙覧の事蹟ははなはだ平和にはなはだ狭隘に、時は逢いがたき維新の前後にありながら、幾多の人事的好題目をその詩嚢中に収め得ざりしこと実に千古の遺憾なりとす。〔『日本』明治三十二年三月二十六日〕『・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・の風春水や四条五条の橋の下梅散るや螺鈿こぼるゝ卓の上玉人の座右に開く椿かな梨の花月に書読む女あり閉帳の錦垂れたり春の夕折釘に烏帽子掛けたり春の宿 ある人に句を乞はれて返歌なき青女房よ春の暮 琴心挑美人・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・そしてはげしい変化のあるたびに、模型はみんな別々の音で鳴るのでした。 ブドリはその日からベンネン老技師について、すべての器械の扱い方や観測のしかたを習い、夜も昼も一心に働いたり勉強したりしました。そして二年ばかりたちますと、ブドリはほか・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・世界を見わたせば、一つの国が、封建的な性質からより民主化されて来るにつれて、それと歩調を一つにして、婦人の社会生活全面が、変化し、より合理的になって来ている。 世界には、現在のところ、興味ある民主社会の三つの典型が並びあって生活している・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・ヘルマン・バアルが旧い文芸の覗い処としている、急劇で、豊富で、変化のある行為の緊張なんというものと、差別はないではないか。そんなものの上に限って成り立つというのが、木村には分からないのである。 木村はさ程自信の強い男でもないが、その分か・・・ 森鴎外 「あそび」
出典:青空文庫