・・・きのう永井荷風という日本の老大家の小説集を読んでいたら、その中に、「下々の手前達が兎や角と御政事向の事を取沙汰致すわけでは御座いませんが、先生、昔から唐土の世には天下太平の兆には綺麗な鳳凰とかいう鳥が舞い下ると申します。然し当節のように・・・ 太宰治 「三月三十日」
・・・しかるにまた、献身、謙譲、義侠のふうをてらい、鳳凰、極楽鳥の秀抜、華麗を装わむとするの情、この市に住むものたちより激しきはないのである。そう言う私だとて病人づらをして、世評などは、と涼しげにいやいやをして見せながらも、内心如夜叉、敵を論破す・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・ 朗詠の歌の詞は「新豊の酒の色は鸚鵡盃の中に清冷たり、長楽の歌の声は鳳凰管の裏に幽咽す」というのだそうであるが、聞いていてもなかなかそうは聞きとれないほどにゆっくり音を引延ばして揺曳させて唱う。そしてその声が実際幽咽するとでもいうのか、・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 青い陰険な顔をした法王。黒い長衣着て黒長靴と云ういでたちの富農、それら三つの頭の上に、どえらいハンマーを握った労働者の手と、カマを持った農民の手とが、こしらえてある。 勇ましい行進曲につれて、その張り物をかついだコムソモールが歩き・・・ 宮本百合子 「インターナショナルとともに」
・・・ 中国をケシかけ、ポーランドを操るだけでは我慢出来なくなった列国は、一九三〇年の初めローマ法王を先頭にして、反ソヴェト十字軍を起してドッと攻めかけようとした。その口実はこうだった。「ソヴェト同盟で宗教の自由が奪われているのは人類の正義に・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・そして、ストラスナーヤ僧院の城砦風な正面外壁へ、シルク・ハットをかぶった怪物的キャピタリストに五色の手綱で操縦される法王と天使と僧侶との諷刺人形をつり上げ、ステッキをついた外国の散歩者の目をみはらせればよい。――ところで、 一寸、――こ・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・「法王庁の抜穴」を書き終ったところであったジイドは、この宗教的格闘では目覚ましい粘着力を示した。坊主とクロオデルとが彼を妥協へ脅迫する原因となっている自身の性的経験を自ら公然と語ることによって、彼等を沈黙させた。「コリドン」と「一粒の麦若し・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・ミケランジェロの伝記を読むと、彼があれほどの才能を持ちながら、法王の我ままと気まぐれのためにどんなに圧迫されたかがよくわかる。ルネッサンスの半面には、まだまだ封建的な苦しいものがあり、法王と芸術家の関係にさえそれが残っていたことがわかる。・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・だが十七世紀の法王庁はこの真理を語ったかどでガリレオ・ガリレーを重罪に問うた。ガリレーは以後そのことについては語らないと裁判で答えたが、彼はひそやかにつぶやいた、「しかしそれは動く」と。そしてそれはそのとおりなのだ。徒らに言論を抑圧するとい・・・ 宮本百合子 「地球はまわる」
・・・という美しくもの凄いロマンスは十六世紀のイタリヤ法王領内で起った悲劇であった。これらの中世のおそろしい情熱の物語、情熱の悲劇は、当時絶対の父権――天主・父・夫の権力のもとに神に従うと同じように従わなければならなかったスペインやイタリヤの女性・・・ 宮本百合子 「人間の結婚」
出典:青空文庫