・・・宮嶋資夫の「金」細井和喜蔵の「女工哀史」「奴隷」等は新たな文学の波がもたらした収穫であった。 この新興文学の社会的背景が、ヨーロッパ大戦後の日本の社会の現実的な生活感情と如何に血肉的に結ばれていたものであったかと云うことは、有島武郎の「・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・ H町からまつに来て貰い、翌晩は、ひどく神経的になって、細井さんを呼ぶほどであった。 Aは、さぞ心配されただろう。 然し、其那に長くは悪くなかった。四五日で起きた。 或境遇に、人間が馴致されると云うことは、人々は理論として明・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
・・・その点についての実際は例えば細井和喜蔵の「女工哀史」などはただ一巻の頁のうちに若く稚い魂と肉体の無限の呻吟をつたえている。そうだとすれば、何故、近代日本の文学の作品は異った形でいくつかの「車輪の下」や「プチ・ショウズ」を持たなかったのだろう・・・ 宮本百合子 「若き精神の成長を描く文学」
・・・ 秀麿の銜えている葉巻の白い灰が、だいぶ長くなって持っていたのが、とうとう折れて、運動椅子に倚り掛かっている秀麿のチョッキの上に、細い鱗のような破片を留めて、絨緞の上に落ちて砕けた。今のように何もせずにいると、秀麿はいつも内には事業の圧・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・声がまた大きなバスで、人を見ると鼻の横を痒き痒き、細い眼でいつも又この人は笑ってばかりいたが、この叔母ほど村で好かれていた女の人もあるまいと思われた。自分の持ち物も、くれと人から云われると、何一つ惜しまなかった。子供たちを叱るにも響きわたる・・・ 横光利一 「洋灯」
・・・楽しそうに葉先をそろえた針葉と、――それに比べて地下の根は、戦い、もがき、苦しみ、精いっぱいの努力をつくしたように、枝から枝と分かれて、乱れた女の髪のごとく、地上の枝幹の総量よりも多いと思われる太い根細い根の無数をもって、一斉に大地に抱きつ・・・ 和辻哲郎 「樹の根」
出典:青空文庫