・・・そこで、娘は、折を計って、相手の寝息を窺いながら、そっと入口まで這って行って、戸を細目にあけて見ました。外にも、いい案配に、人のけはいはございませぬ。――「ここでそのまま、逃げ出してしまえば、何事もなかったのでございますが、ふと今朝貰っ・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・三浦は子供のような喜ばしさで、彼の日常生活の細目を根気よく書いてよこしました。今年は朝顔の培養に失敗した事、上野の養育院の寄附を依頼された事、入梅で書物が大半黴びてしまった事、抱えの車夫が破傷風になった事、都座の西洋手品を見に行った事、蔵前・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・そこで、そっと床をぬけ出して、入口の戸を細目にあけながら、外の容子を覗いて見た。が、外はうすい月と浪の音ばかりで、男の姿はどこにもない。娘は暫くあたりを見廻していたが、突然つめたい春の夜風にでも吹かれたように、頬をおさえながら、立ちすくんで・・・ 芥川竜之介 「貉」
・・・小川の旦那もこう云いながら、細目にあいている障子の内を、及び腰にそっと覗きこんだ。二人とも、空想には白粉のにおいがうかんでいたのである。 部屋の中には、電燈が影も落さないばかりに、ぼんやりともっている。三尺の平床には、大徳寺物の軸がさび・・・ 芥川竜之介 「老年」
・・・父は蒲団の左角にひきつけてある懐中道具の中から、重そうな金時計を取りあげて、眼を細めながら遠くに離して時間を読もうとした。 突然事務所の方で弾条のゆるんだらしい柱時計が十時を打った。彼も自分の時計を帯の間に探ったが十時半になっていた。・・・ 有島武郎 「親子」
・・・それから水々しく青葉に埋もれてゆく夏、東京あたりと変らない昼間の暑さ、眼を細めたい程涼しく暮れて行く夜、晴れ日の長い華やかな小春、樹は一つ/\に自分自身の色彩を以てその枝を装う小春。それは山といわず野といわず北国の天地を悲壮な熱情の舞台にす・・・ 有島武郎 「北海道に就いての印象」
・・・ しかし、細目に開けた、大革鞄の、それも、わずかに口許ばかりで、彼が取出したのは一冊赤表紙の旅行案内。五十三次、木曾街道に縁のない事はないが。 それを熟と、酒も飲まずに凝視めている。 私も弁当と酒を買った。 大な蝦蟆とでもあ・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・「どこからか、細目に灯が透くのかしら?……その端の、ふわりと薄うすひらったい処へ、指が立って、白く刎ねて、動いたと思うと、すッと扉が閉った。招いたような形だが、串戯じゃあない、人が行ったので閉めたのさ。あとで思ってもまったく色が白かった・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・もちろん、ごく細目には引いたが。――実は、雪の池のここへ来て幾羽の鷺の、魚を狩る状を、さながら、炬燵で見るお伽話の絵のように思ったのである。すわと言えば、追い立つるとも、驚かすとも、その場合のこととして……第一、気もそぞろなことは、二度まで・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ と、厠の板戸を、内から細目に、小春の姿が消えそうに、「私、つい、つい、うっかりして、あのお恥かしくって泣くんですわ……ここには水がありません。」「そうか。」 と教授が我が手で、その戸を開けてやりつつ、「こっちへお出で、・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
出典:青空文庫