・・・学校の生徒の轢かれそうになったのを助けようと思って轢かれたんです。ほら、八幡前に永井って本屋があるでしょう? あすこの女の子が轢かれる所だったんです。」「その子供は助かったんだね?」「ええ、あすこに泣いているのがそうです。」「あ・・・ 芥川竜之介 「寒さ」
・・・……「ほら、こっちにももう一つあるでしょう? ねえ、坊ちゃん、考えて御覧なさい。このすじは一体何でしょう?」 つうやは前のように道の上を指した。なるほど同じくらい太い線が三尺ばかりの距離を置いたまま、土埃の道を走っている。保吉は厳粛・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・ましてその竜が三月三日に天上すると申す事は、全く口から出まかせの法螺なのでございます。いや、どちらかと申しましたら、天上しないと申す方がまだ確かだったのでございましょう。ではどうしてそんな入らざる真似を致したかと申しますと、恵印は日頃から奈・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・』『君の法螺にさ』『法螺じゃない、真実の事だ。少くとも夢の中の事実だ。それで君、ニコライの会堂の屋根を冠った俳優が、何十億の看客を導いて花道から案内して行くんだ』『花道から看客を案内するのか?』『そうだ。其処が地球と違ってる・・・ 石川啄木 「火星の芝居」
・・・「どんな人だよ、じれったい。」「先方もじれったがっておりましょうよ。」「婦人か。」 と唐突に尋ねた。「ほら、ほら、」 と袂をその、ほらほらと煽ってかかって、「ご存じの癖に、」「どんな婦人だ。」 と尋ねた時・・・ 泉鏡花 「縁結び」
・・・そこらの柿の樹の枝なんか、ほら、ざわざわと烏めい、えんこをして待ってやがる。 五六里の処、嗅ぎつけて来るだからね。ここらに待っていて、浜へ魚の上るのを狙うだよ、浜へ出たって遠くの方で、船はやっとこの烏ぐれえにしか見えやしねえや。 や・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・それ、腰にさげ、帯にさした、法螺の貝と横笛に拍子を合せて、やしこばば、うばば、うば、うば、うばば。火を一つ貸せや。火はまだ打たぬ。あれ、あの山に、火が一つ見えるぞ。やしこばば、うばば。うば、うば、うばば。・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・が貴方、明前へ、突立ってるのじゃあございません、脊伸をしてからが大概人の蹲みます位なんで、高慢な、澄した今産れて来て、娑婆の風に吹かれたという顔色で、黙って、おくびをしちゃあ、クンクン、クンクン小さな法螺の貝ほどには鳴したのでございます。・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・……ちょうど、ほら、むく毛が生えて、あんこの撮食をしたようだ。」 宗吉は、可憐やゴクリと唾を呑んだ。「仰向いて、ぐっと。そら、どうです、つるつるのつるつると、鮮かなもんでげしょう。」「何だか危ッかしいわね。」 と少し膝を浮か・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・「いまじぶん、だれが あそんで いるものか。」 しばらく すると、また、「リンリン リン。」と、いう 音が、かすかに きこえました。「ほら。」「ほんとうだわ。」 おかあさんと 三人が とを あけて、そとを ながめました。・・・ 小川未明 「こがらしの ふく ばん」
出典:青空文庫