・・・しかし、市民もほかの議政官も、彼の暴威に怖れて、だれ一人面と向って反抗することが出来ませんでした。 ディオニシアスには、市民たちが、すべて自分に対してどんな考えを持っているかということが十分分っていました。ですから、しじゅう、ちょっとも・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
・・・それは、文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその劇烈の度を増すという事実である。 人類がまだ草昧の時代を脱しなかったころ、がんじょうな岩山の洞窟の中に住まっていたとすれば、たいていの地震や暴風でも平気であったろうし、これらの天変に・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・前にも述べたように自然の恵みが乏しい代わりに自然の暴威のゆるやかな国では自然を制御しようとする欲望が起こりやすいということも考えられる。全く予測し難い地震台風に鞭打たれつづけている日本人はそれら現象の原因を探究するよりも、それらの災害を軽減・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・あの時の火災がどうしてあれほどに暴威をほしいままにしたかについてはもとよりいろいろの原因があった。一つには水道が止まった上に、出火の箇所が多数に一時に発生して消防機関が間に合わなかったのは事実である。また一つには東京市民が明治以来のいわゆる・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
・・・「そりゃ君、仏国の革命の起る前に、貴族が暴威を振って細民を苦しめた事がかいてあるんだが。――それも今夜僕が寝ながら話してやろう」「うん」「なあに仏国の革命なんてえのも当然の現象さ。あんなに金持ちや貴族が乱暴をすりゃ、ああなるのは・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・必ずしも一人の君主または頭取が独り暴威を逞しうして、悉皆他の人民を窘しむるがためにあらず。衆庶の力を集めてこれを政府となしまたは会社と名づけ、その集まりたる勢力を以て各個人の権を束縛し、以てその自由を妨ぐるものなり。この勢力を名づけて政府の・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・十九世紀で暴威を逞くした思索の奴隷になっていたんで、それを弥々脱却する機会に近づいているらしく見える。新理想とか何とか云い出すな、まだレフレクションに捉われてる証拠さ。併しさすがに以前の理想では満足出来ん所から、新理想主義になって来たんだ。・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・ 野蛮な権力は、文学面で狙いをつけた一定の目標にむかって、ほとんど絶え間のない暴威をふるった。一人の人間の髪の毛をつかんで、ずっぷり水へ漬け、息絶えなんとすると、外気へ引きずり出して空気を吸わせ、いくらか生気をとりもどして動きだすと見る・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
・・・が、或程まで心のある男は、斯う云う場合に在っても、自分の情慾の暴威を反省する力丈は持って居るのではあるまいか。 トルストイの性慾論より「結婚以前には多種多様の方法に依って、神及人類の為に直接尽すことが出来ても、結婚は活動範囲・・・ 宮本百合子 「黄銅時代の為」
・・・はますますその暴威をたくましゅうする。 皮と肉との目に見えない中に起るこの世の中で一番大きな争闘があんなに静かに何の音も叫びもなく行われ様とは思いも寄らない事である。 人間同志の闘も心と心の争いも沈黙と静寂の裡に行われるものほど偉大・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
出典:青空文庫