・・・ 新海氏の伝記の冒頭に晩年のケーテ・コルヴィッツの写真がのせられている。レムブラントの晩年の自画像や老年のゴヤの自画像などは、それぞれの人間像としてわたしたちにつよい感銘を与えるものである。しかし、ケーテのこの写真は、前の二つのどの自画・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
・・・さっきの手紙を封をしてまだテーブルの上におき、私はもう次のたよりの冒頭をかいているのです。 九月七日 一週間とんでしまいました。あなたは二十九日には手紙を書いて下さいませんでしたか? 日曜日には大変待っていたのだが。――私は今病気な・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・雑誌・書籍の生産費の暴騰はどうでしょう。そして今の電力割当で、どれほどの本が読めるでしょう。人民の所得は戦前の百倍と査定している政府が、百二十六倍の税額を払わせる時、私たちの文化費はどこに残るでしょう。文化と文学の発展は、社会の生産や権力の・・・ 宮本百合子 「一九四七・八年の文壇」
・・・郡山が膨張して、附近の村々の若いものはそこの工場で働くようになったし、大戦のころ米価暴騰につられて田地を買い込んだ農民たちは忽ちその借金なしに追い立てられることとなり、村の生活へは明け暮ひろい流れで町の息吹きが動きはじめた。 やがて、そ・・・ 宮本百合子 「村の三代」
・・・と叫んだ。所謂閼伽桶の中には、番茶が麻の嚢に入れて漬けてあったのである。 この時玄関で見掛けた、世話人らしい男の一人が、座敷の真ん中に据わって「一寸皆様に申し上げます」と冒頭を置いて、口上めいた挨拶をした。段々準備が手おくれになって済ま・・・ 森鴎外 「百物語」
出典:青空文庫