・・・僕も毎日こうやってちょいちょい掛けてみてると、こいつは怪しいというような奴はだんだん襤褸が眼についてくる。でまあ、このうちで勝負をするという奴は蕭伯の、大物という順序から一本一本出して行った。「周文ですかな……」ちょっと展げて見たばかし・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・「チョッ。ぼろ船の底」 或る日も私はそんな言葉で自分の部屋をののしって見ました。そしてそのののしり方が自分がでに面白くて気は変りました。母が私にがみがみおこって来るときがあります。そしてしまいに突拍子もないののしり方をして笑ってしま・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・纒いしは袷一枚、裾は短かく襤褸下がり濡れしままわずかに脛を隠せり。腋よりは蟋蟀の足めきたる肱現われつ、わなわなと戦慄いつつゆけり。この時またかなたより来かかりしは源叔父なり。二人は辻の真中にて出遇いぬ。源叔父はその丸き目みはりて乞食を見たり・・・ 国木田独歩 「源おじ」
ぼろ洋服を着た男爵加藤が、今夜もホールに現われている。彼は多少キじるしだとの評がホールの仲間にあるけれども、おそらくホールの御連中にキ的傾向を持っていないかたはあるまいと思われる。かく言う自分もさよう、同類と信じているので・・・ 国木田独歩 「号外」
・・・使い慣れた古道具や、襤褸や、貯えてあった薪などを、親戚や近所の者達に思い切りよくやってしまった。「お前等、えい所へ行くんじゃ云うが、結構なこっちゃ。」古い箕や桶を貰った隣人は羨しそうに云った。「うら等もシンショウをいれて子供をえろうにし・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・とその能とするところは呑むなり酔うなり眠るなり自堕落は馴れるに早くいつまでも血気熾んとわれから信用を剥いで除けたままの皮どうなるものかと沈着きいたるがさて朝夕をともにするとなればおのおのの心易立てから襤褸が現われ俊雄はようやく冬吉のくどいに・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・細民街のぼろアパアト、黄塵白日、子らの喧噪、バケツの水もたちまちぬるむ炎熱、そのアパアトに、気の毒なヘロインが、堪えがたい焦躁に、身も世もあらず、もだえ、のたうちまわっているのである。隣の部屋からキンキン早すぎる回転の安蓄音器が、きしりわめ・・・ 太宰治 「音に就いて」
・・・愚作家その襤褸の上に、更に一篇の醜作を附加し得た、というわけである。へまより出でて、へまに入るとは、まさに之の謂いである。一つとしてよいところが無い。それを知っていながら、私は編輯者の腕力を恐れるあまりに、わななきつつ原稿在中の重い封筒を、・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・ここをくぐり、都会へ出て、めちゃめちゃに敗れて、再びここをくぐり、虫食われた肉体一つ持って、襤褸まとってふるさとへ帰る。それにきまっている。私は待合室のベンチに腰をおろして、にやりと笑う。それだから言わないこっちゃ無い。東京へ来ても、だめだ・・・ 太宰治 「座興に非ず」
・・・ああ、君のぼろを見とどけてしまった私の眼を、私自身でくじり取ろうとした痛苦の夜々を、知っているか。 人には、それぞれ天職というものが与えられています。君は、私を嘘つきだと言った。もっと、はっきり言ってごらん。君こそ私をあざむいている。私・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
出典:青空文庫