・・・但、当局はその真相を疑い、目下犯人厳探中の由なれども、諸城の某甲が首の落ちたる事は、載せて聊斎志異にもあれば、該何小二の如きも、その事なしとは云う可らざるか。云々。 山川技師は読み了ると共に、呆れた顔をして、「何だい、これは」と云った。・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・そのまた生命は誰のでも好い、職に殉じた踏切り番でも重罪犯人でも同じようにやはり刻薄に伝わっている。――そういう考えの意味のないことは彼にも勿論わかっていた。孝子でも水には溺れなければならぬ、節婦でも火には焼かれるはずである。――彼はこう心の・・・ 芥川竜之介 「寒さ」
・・・仙人は若かず、凡人の死苦あるに。」 恐らく、仙人は、人間の生活がなつかしくなって、わざわざ、苦しい事を、探してあるいていたのであろう。 芥川竜之介 「仙人」
・・・最後に先生の風采を凡人以上に超越させたものは、その怪しげなモオニング・コオトで、これは過去において黒かったと云う事実を危く忘却させるくらい、文字通り蒼然たる古色を帯びたものであった。しかも先生のうすよごれた折襟には、極めて派手な紫の襟飾が、・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・ 犯人の捜索は極めて秘密に、同時にこんな田舎にしては厳重に行われた。場主の松川は少からざる懸賞までした。しかし手がかりは皆目つかなかった。疑いは妙に広岡の方にかかって行った。赤坊を殺したのは笠井だと広岡の始終いうのは誰でも知っていた。広・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・私は照れくさい思いがしたが、しかし、やはり私のような凡人は新聞に書かれると少しは嬉しいのか、その記事の文句をいまだにおぼえています。「既報“人生紙芝居”の相手役秋山八郎君の居所が奇しくも本紙記事が機縁となって判明した。四年前――昭和六年・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・平凡な人生を平凡な筆で正直にありのままに書くことが、作家として純粋だという考え方は、まるで文学のノスタルジアのように思われているが、自伝というものは、非凡な人間が語ってこそ興味があるので、われわれ凡人がポソポソと語って、何が面白かろう。しか・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・ 豹吉はふと、香里の一家みな殺しの犯人が靴を磨いているところを、捕まった――という話を想い出した。 磨き終って、金を払った途端、豹吉はまたもや奇妙なことを思いついた。 豹吉はペッと唾をはいた。 が、べつに不機嫌だというわけで・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・で、僕もこれまでいろ/\な犯人を掴まえたがね、それが大抵昼間だったよ。……此奴怪しいな、斯う思った刹那にひとりでに精神統一に入るんだね。そこで、……オイコラオイコラで引張って来るんだがね、それがもうほとんど百発百中だった」「……フム、そ・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・それがそれほどの重大な犯人……? そしてまた、そうした八年間の実際の牢獄生活の中にも、彼はまだ生の光りを求むる心を失わずにいるかのようにも思える。そしてまた、彼はこのさきまだ何年くらい今の生活を続けなければならないのか――そのことは彼の手紙・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
出典:青空文庫