・・・そうぽんぽん事実を突きたがるものじゃないな。私はね、むかし森鴎外、ご存じでしょう? あの先生についたものですよ。あの青年という小説の主人公は私なのです。」 これは僕にも意外であった。僕もその小説は余程まえにいちど読んだことがあって、あの・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・中畑さんは、その薄暗い店に坐っていて、ポンポンと手を拍って、それから手招きしたけれども、私はあんなに大声で私の名前を呼ばれたのが恥ずかしくて逃げてしまった。私の本名は、修治というのである。 中畑さんに思いがけなく呼びかけられてびっくりし・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・私が子供っぽいこと言うと、お母さんはよろこんで、こないだも、私が、ばからしい、わざとウクレレ持ち出して、ポンポンやってはしゃいで見せたら、お母さんは、しんから嬉しそうにして、「おや、雨かな? 雨だれの音が聞えるね」と、とぼけて言って、私・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・夜中でも、目が覚めさえすれば、すぐに寝床に腹這いになって、ぽんぽん火鉢をたたいてみます。あさましい姿です。畳を爪でひっかいてみます。なるべく聞きとりにくいような音をえらんでやってみるのです。人がたずねて来ると、その人に大きな声を出させたり、・・・ 太宰治 「水仙」
・・・とやけに桶をポンポンたたく。門の屋根裏に巣をしているつばめが田んぼから帰って来てまた出て行くのを、羅宇屋は煙管をくわえて感心したようにながめていたが「鳥でもつばめぐらい感心な鳥はまずないね」と前置きしてこんな話を始めた。村のある旧家・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・そうして庭のすぐ横手の崖一面に茂ったつつじの中へそのピストルの弾をぽんぽん打ち込んで、何かおもしろそうに話しながらげらげら笑っていた。つつじはもうすっかり散ったあとであったが、ほんの少しばかりところどころに茶褐色に枯れちぢれた花弁のなごりが・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
・・・ゆうべ、あの枕元でぽんぽん羽目を蹴られたには実に弱ったぜ」「そうか、僕はちっとも知らなかった。そんなに音がしたかね」「あの音が耳に入らなければ全く剛健党に相違ない。どうも君は憎くらしいほど善く寝る男だね。僕にあれほど堅い約束をして、・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・そこで、正月の松の内に、五、六人の友人と一隻のポンポン船で遠征し、寒さでみんなカゼを引いてしまった。しかも、河豚は二匹しか釣れず、その一匹を私がせしめたというわけである。多分、腕よりも偶然だったのであろう。エビのエサを使って、深い海底に、オ・・・ 火野葦平 「ゲテ魚好き」
・・・とのさまがえるは、よろこんで、にこにこにこにこ笑って、棒を取り直し、片っぱしからあまがえるの緑色の頭をポンポンポンポンたたきつけました。さあ、大へん、みんな、「あ痛っ、あ痛っ。誰だい。」なんて云いながら目をさまして、しばらくきょろきょろ・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・ すると狸の子は棒をもってセロの駒の下のところを拍子をとってぽんぽん叩きはじめました。それがなかなかうまいので弾いているうちにゴーシュはこれは面白いぞと思いました。 おしまいまでひいてしまうと狸の子はしばらく首をまげて考えました。・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
出典:青空文庫