・・・ 四 では、煙管をまき上げられた斉広の方は、不快に感じたかと云うと、必しもそうではない。それは、彼が、下城をする際に、いつになく機嫌のよさそうな顔をしているので、供の侍たちが、不思議に思ったと云うのでも、知れる・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・「とうとうお目出度なったそうだな、ほら、あの槙町の二弦琴の師匠も。……」 ランプの光は鮮かに黒塗りの膳の上を照らしている。こう云う時の膳の上ほど、美しい色彩に溢れたものはない。保吉は未だに食物の色彩――からすみだの焼海苔だの酢蠣だの・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・ ――今度は廊下をまきましょう。 × 青年が二人蝋燭の灯の下に坐っている。B あすこへ行くようになってからもう一年になるぜ。A 早いものさ。一年前までは唯一実在だの最高善だのと云う語に食傷していたの・・・ 芥川竜之介 「青年と死」
・・・かみはつねにうゑにみてりいのちのみをそのにまきてみのれるときむさぼりくふかみのうゑのゆゑによりてかみのみなをほめたたふやはかなきみをむすべるもの もう一度新たに書き出せば、恒藤は又論客なり。僕は爾来十余年・・・ 芥川竜之介 「恒藤恭氏」
・・・ 庭には槙や榧の間に、木蘭が花を開いている。木蘭はなぜか日の当る南へ折角の花を向けないらしい。が、辛夷は似ている癖に、きっと南へ花を向けている。保吉は巻煙草に火をつけながら、木蘭の個性を祝福した。そこへ石を落したように、鶺鴒が一羽舞い下・・・ 芥川竜之介 「保吉の手帳から」
・・・ 橋本さんで朝御飯のごちそうになって、太陽が茂木の別荘の大きな槙の木の上に上ったころ、ぼくたちはおじさんに連れられて家に帰った。 いつのまに、どこからこんなに来たろうと思うほど大ぜいの人がけんか腰になって働いていた。どこからどこまで・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・といいながら、わけなく見付けだしでもなさると、少し耻しいと思って、起すのをやめて、かいまきの袖をまくり上げたり、枕の近所を探して見たりしたけれども、やっぱりありません。よく探して見たら直ぐ出て来るだろうと初めの中は思って、それほど心配はしな・・・ 有島武郎 「僕の帽子のお話」
・・・ 天井裏の蕃椒は真赤だが、薄暗い納戸から、いぼ尻まきの顔を出して、「その柿かね。へい、食べられましない。」「はあ?」「まだ渋が抜けねえだでね。」「はあ、ではいつ頃食べられます。」 きく奴も、聞く奴だが、「早うて、・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・筵の戸口へ、白髪を振り乱して、蕎麦切色の褌……いやな奴で、とき色の禿げたのを不断まきます、尻端折りで、六十九歳の代官婆が、跣足で雪の中に突っ立ちました。(内へ怪と顔色、手ぶりで喘いで言うので。……こんな時鉄砲は強うございますよ、ガチリ、実弾・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・はい、ぐるぐるまきのがんじがらみ、や、このしょで、転がし出した。それさ、その形でがすよ。わしさ屈腰で、膝はだかって、面を突出す。奴等三方からかぶさりかかって、棒を突挿そうとしたと思わっせえまし。何と、この鼻の先、奴等の目の前へ、縄目へ浮いて・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
出典:青空文庫