・・・ラプンツェルは、自分の美しい髪の毛を、二まき三まき左の手に捲きつけて、右の手に鋏を握りました。もう今では、ラプンツェルの美事な黄金の髪の毛は床にとどくほど長く伸びていたのです。じょきり、じょきり、惜しげも無く切って、それから髪の毛を結び合せ・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・ 公園の御桜山に大きな槙の樹があってその実を拾いに行ったこともあった。緑色の楕円形をした食えない部分があってその頭にこれと同じくらいの大きさで美しい紅色をした甘い団塊が附着している。噛み破ると透明な粘液の糸を引く。これも国を離れて以来再・・・ 寺田寅彦 「郷土的味覚」
・・・日本紀に角子を「あげまきからわ」と訓してあるそうで、もしかすると「からわ」また「からは」は初めには頭を意味したかもしれない。とにかくロシアの golova, glava、チェッコの hlava, ズールの inhloko等いずれも「カラワ」・・・ 寺田寅彦 「言葉の不思議」
・・・民家の垣根に槙を植えたのが多く、東京辺なら椎を植える処に楠かと思われる樹が見られたりした。茶畑というものも独特な「感覚」のあるものである。あの蒲鉾なりに並んだ茶の樹の丸く膨らんだ頭を手で撫でて通りたいような誘惑を感じる。 静岡へ着いて見・・・ 寺田寅彦 「静岡地震被害見学記」
・・・ はえが黴菌をまき散らす、そうしてわれわれは知らずに年じゅう少しずつそれらの黴菌を吸い込み飲み込んでいるために、自然にそれらに対する抵抗力をわれわれのからだじゅうに養成しているのかもしれない。そのおかげで、何かの機会にはえ以外の媒介によ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・汚れた小倉の霜降りの洋服を着て、脚にも泥だらけのゲートルをまき、草鞋を履いている。頭髪は長くはないが踏み荒らされた草原のように乱れよごれ、顎には虎髯がもじゃもじゃ生えている。しかし顔にはむしろ柔和な、人の好さそうな表情があった。ただ額の真中・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・厳かな入学宣誓式が行われて、自分も大勢の新入生の中にまき込まれて大講堂へ這入ったが、様子が分らないのでまごまごしていると、中に一人物馴れた日本人が居ていろいろ注意してくれて助かった。それは先年亡くなった左右田喜一郎博士であった。自分よりはず・・・ 寺田寅彦 「ベルリン大学(1909-1910)」
・・・が、ここの「ホンケ」はこの薬売り自身をさすのではなくて、薬売りの配って歩く広告のビラ紙のことである。この人間の「本家」がまき歩くビラの「ホンケ」は、鼻紙を八つ切りにしたのに粗末な木版で赤く印刷したものであったが、その木版の絵がやはり蝙蝠傘を・・・ 寺田寅彦 「物売りの声」
・・・ 杉、柾木、槙などを植えつらねた生垣つづきの小道を、夏の朝早く鰯を売りあるく男の頓狂な声。さてはまた長雨の晴れた昼すぎにきく竿竹売や、蝙蝠傘つくろい直しの声。それらはいずれもわたくしが学生のころ東京の山の手の町で聞き馴れ、そしていつか年・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・すると浅い桐の底に、奥の方で、なにかひっかかるような手ごたえがしたのが、たちまち軽くなって、するすると、抜けてきたとたんに、まき納めてねじれたような手紙の端がすじかいに見えた。自分はひったくるようにその手紙を取って、すぐ五、六寸破いて櫛をふ・・・ 夏目漱石 「手紙」
出典:青空文庫