・・・ましてこっちが負けた時は、ものゝ分った伯父さんに重々御尤な意見をされたような、甚憫然な心もちになる。いずれにしてもその原因は、思想なり感情なりの上で、自分よりも菊池の方が、余計苦労をしているからだろうと思う。だからもっと卑近な場合にしても、・・・ 芥川竜之介 「兄貴のような心持」
・・・妻は争い負けて大部分を掠奪されてしまった。二人はまた押黙って闇の中で足しない食物を貪り喰った。しかしそれは結局食欲をそそる媒介になるばかりだった。二人は喰い終ってから幾度も固唾を飲んだが火種のない所では南瓜を煮る事も出来なかった。赤坊は泣き・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・――自動車に轢かれたほど、身体に怪我はあるでしゅが、梅雨空を泳ぐなら、鳶烏に負けんでしゅ。お鳥居より式台へ掛らずに、樹の上から飛込んでは、お姫様に、失礼でっしゅ、と存じてでっしゅ。」「ほ、ほう、しんびょう。」 ほくほくと頷いた。・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・十四のおはまにも危うく負けるところであった。実は負けたのだ。「省さん、刈りくらだよ」 というような掛け声で十四のおはまに揉み立てられた。「くそ……手前なんかに負けるものか」 省作も一生懸命になって昼間はどうにか人並みに刈った・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・「いいえ、ゆうべこれに負けたんで、現金がないと、さ」「馬鹿野郎! だまされていやアがる」僕は僕のことでも頼んで出来なかったものを責めるような気になっていた。「本統よ、そんなにうそがつける男じゃアないの」「のろけていやがれ、お・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・世間並のお世辞上手な利口者なら町内の交際ぐらいは格別辛くも思わないはずだが、毎年の元旦に町名主の玄関で叩頭をして御慶を陳べるのを何よりも辛がっていた、負け嫌いの意地ッ張がこんな処に現われるので、心からの頭の低い如才ない人では決してなかった。・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・国は戦争に負けても亡びません。実に戦争に勝って亡びた国は歴史上けっして尠くないのであります。国の興亡は戦争の勝敗によりません、その民の平素の修養によります。善き宗教、善き道徳、善き精神ありて国は戦争に負けても衰えません。否、その正反対が事実・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・さあ、早く大きくなって、兄弟に、負けてはならない。」と、いちじゅくの木に向かって、いいました。 吉雄くんは、それからは、よく木に注意して、肥料をやったりしました。 すると、吉雄くんのいちじゅくの木も、ぐんぐん大きくなってゆきました。・・・ 小川未明 「いちじゅくの木」
・・・日本が勝ち、ロシヤが負けたという意味の唄がまだ大阪を風靡していたときのことだった。その年、軽部は五円昇給した。 その年の暮、二ツ井戸の玉突屋日本橋クラブの二階広間で広沢八助連中素人浄瑠璃大会が開かれ、聴衆約百名、盛会であった。軽部村・・・ 織田作之助 「雨」
・・・でおれのように志願で行くものは四五人とあるかなし、大抵は皆成ろう事なら家に寝ていたい連中であるけれど、それでも善くしたもので、所謂決死連の己達と同じように従軍して、山を超え川を踰え、いざ戦闘となっても負けずに能く戦う――いや更と手際が好いか・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
出典:青空文庫