・・・飲食衣服は有形の物にして誰れの手を以て与うるも同様なるに似たれども、其これを与うるの間に母徳無形の感化力は有形物に優ること百千倍なるを忘る可らず。蚕を養うにも家人自からすると雇人に打任せるとは其生育に相違ありと言う。況んや自分の産みたる子供・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・右はいずれも、人生の智徳を発達せしめ退歩せしめ、また変化せしむるの原因にして、その力はかえって学校の教育に勝るものなり。学育もとより軽々看過すべからずといえども、古今の教育家が漫に多を予期して、あるいは人の子を学校に入れてこれを育すれば、自・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・しこうして彼の歌の『万葉』に似ざるところははたして『万葉』に優るところなりや否や、こは最大切なる問題なり。 余は断定を下していわん、曙覧の歌想は『万葉』より進みたるところあり、曙覧の歌調は『万葉』に及ばざるところありと。まず歌想につきて・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・しかして古雅幽玄なる消極的美の弊害は一種の厭味を生じ、今日の俗宗匠の俳句の俗にして嘔吐を催さしむるに至るを見るに、かの艶麗ならんとして卑俗に陥りたるものに比して毫も優るところあらざるなり。 積極的美と消極的美とを比較して優劣を判せんこと・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 千代は、きのう来た時と勝るとも劣らない化粧をこらした顔を窓に向け、ちんまり机の前に坐っていた。 机の上には、小さい本立と人形が置いてある。人形――人形。 さほ子は、変な間の悪さを覚えた。彼女は、曾祖母が維新前、十六でお嫁に行く・・・ 宮本百合子 「或る日」
我が妹の 亡き御霊の 御前に 只一人の妹に先立たれた姉の心はその両親にも勝るほど悲しいものである。 手を引いてやるものもない路を幼い身ではてしなく長い旅路についた妹の身を思えば涙は自ずと頬を下・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・ベルニィ夫人はバルザックを世間に押し出すために全く「母以上のもの、友達以上のもの、一人の人間が他の人間に対してなし得るすべてのものに優る」献身的な情愛と社交婦人としての実際的な手腕を傾けたのであった。彼女はバルザックをカストリィ公爵夫人のサ・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・ 農村で、工場で、婦人は男子に優るとも劣らぬ国の力で女子として、わが身を尽して働かされました。けれども、その動力となって軍事目的に協力したこれらの婦人団体は、終戦後の今日、破壊された食糧事情、混乱している経済事情によって日本の婦人が日夜・・・ 宮本百合子 「婦人民主クラブ趣意書」
・・・ 近頃頻りにいわれる性教育も、補助的知識の一つとしては無いに勝るでしょう。けれども、人間として自分達が出来るだけ崇高に、豊富に、自由な正義、美を持って生きたいという熱意は、生理衛生の知識からだけは湧きません。総ての知識、学問的知識は、根・・・ 宮本百合子 「惨めな無我夢中」
・・・もうどこをさして往って見ようと云う所もないので、只已むに勝る位の考で、神仏の加護を念じながら、日ごとに市中を徘徊していた。 そのうち大阪に咳逆が流行して、木賃宿も咳をする人だらけになった。三月の初に宇平と文吉とが感染して、熱を出して寝た・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫