・・・しかし、それは内蔵助殿のように、心にもない放埓をつくされるよりは、まだまだ苦しくない方ではございますまいか。」 伝右衛門は、こう云う前置きをして、それから、内蔵助が濫行を尽した一年前の逸聞を、長々としゃべり出した。高尾や愛宕の紅葉狩も、・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・今の所ではまだまだ供給が需要に充たない恨みがある。しかしながら同時に一面には労働運動を純粋に労働者の生活と感情とに基づく純一なものにしようとする気勢が揚りつつあるのもまた疑うべからざる事実である。人はあるいはいうかもしれない。その気勢とても・・・ 有島武郎 「片信」
・・・とにかくまだまだ歌は長生すると思うのか。A 長生はする。昔から人生五十というが、それでも八十位まで生きる人は沢山ある。それと同じ程度の長生はする。しかし死ぬ。B 何日になったら八十になるだろう。A 日本の国語が統一される時さ。・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・しかも彼らはまだまだ幸福なほうである。前にもいったごとく、彼らに何十倍、何百倍する多数の青年は、その教育を享ける権利を中途半端で奪われてしまうではないか。中途半端の教育はその人の一生を中途半端にする。彼らはじつにその生涯の勤勉努力をもってし・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・これ、後生だからあきらめてくれるな。まだまだ足りない、もっとその巡査を慕うてもらいたいものだ」 女はこらえかねて顔を振り上げ、「伯父さん、何がお気に入りませんで、そんな情けないことをおっしゃいます、私は、……」と声を飲む。 老夫・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・従ってまだまだ暢気なもので、人前を繕うと云う様な心持は極めて少なかった。僕と民子との関係も、この位でお終いになったならば、十年忘れられないというほどにはならなかっただろうに。 親というものはどこの親も同じで、吾子をいつまでも児供のように・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・お千代は年は一つ上だけれど、恋を語るにはまだまだ子供だ。 おとよはしょうことなしにお千代のあとについて無意識に、まあ綺麗なことまあ綺麗なことといいつつ、撥を合せている。蝙蝠傘を斜に肩にして二人は遊んでるのか歩いてるのか判らぬように歩いて・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・そして、私達が、まだまだどん底の生活をして来たとは思われない。のみならず仮りに、私達だけが、仕合せになったとしても、永久に安心できることだろうか。この観念は、いつしか、私をして、階級戦の必然をすら教えてやるに至ったのでした。 そして、ま・・・ 小川未明 「貧乏線に終始して」
・・・ ところが、ちょうどそこへ医者が見舞ってきて、お定の脈を見ながら、ご親戚の方が集っておられるようだが、まだまだそんな重態ではござらんと笑ったあと、近ごろ何かおもしろい話はござらぬか。そう言って自分から語りだしたのは、近ごろ京の町に見た人・・・ 織田作之助 「螢」
・・・きっぱり断らなかったのは近所の間柄気まずくならぬように思ったためだが、一つには芸者時代の駈引きの名残りだった。まだまだ若いのだとそんな話のたびに、改めて自分を見直した。が、心はめったに動きはしなかった。湯崎にいる柳吉の夢を毎晩見た。ある日、・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
出典:青空文庫