・・・死んだやうになつてゐた数秒、しかし再び意識をとり戻した彼が、勇敢にも駈け出した途端に両手に煉瓦を持つて待ちぶせてゐた一人が、立てつづけに二個の煉瓦を投げつけ、ひるむところをまたもや背後から樫棒で頭部を強打したため、かの警官はつひにのめるやう・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・兎に角お友達から来る手紙を待ちに待った様子で有りました。こんな訳で、内証言は一つも言えませんから、私は医師の宅まで出かけて本当の容態を聴こうと思いました。これは余程思切った事で、若し医師が駄目と言われたら何としようと躊躇しましたが、それでも・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・「イヤ実地行ったのサ、まア待ち給え、追い追い其処へ行くから……、その内にだんだんと田園が出来て来る、重に馬鈴薯を作る、馬鈴薯さえ有りゃア喰うに困らん……」「ソラ馬鈴薯が出た!」と松木は又た口を入れた。「其処で田園の中央に家がある・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・「この二反も、一と口ことわっとかにゃ悪いと思うて、待ちよったけれど、客が仰山居って旦那も番頭も私なんどにゃ見向いても呉れんせに、黙って借って来たん……。」彼女は弁解するようにつゞけた。「それでどうするんだ?」「……」「向うに・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・湯をと乞うに、主人の妻、少時待ちたまえ、今沸かしてまいらすべしとて真黒なる鉄瓶に水を汲み入るれば、心長き事かなと呆れて打まもるに、そを火の上に懸るとひとしく、主人吹革もて烈しく炭火を煽り、忽地にして熱き茶をすすめくれたる、時に取りておかしく・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・たままの皮どうなるものかと沈着きいたるがさて朝夕をともにするとなればおのおのの心易立てから襤褸が現われ俊雄はようやく冬吉のくどいに飽いて抱えの小露が曙染めを出の座敷に着る雛鶯欲のないところを聞きたしと待ちたりしが深間ありとのことより離れたる・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・明日は、明日はと待ち暮らしてみても、いつまで待ってもそんな明日がやって来そうもない、眼前に見る事柄から起こって来る多くの失望と幻滅の感じとは、いつでも私の心を子供に向けさせた。 そうは言っても、私が自分のすぐそばにいるものの友だちになれ・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ 婦人は微笑みながら、「まあ、この間から毎日毎日お待ち申していたんですよ」という。「こんな不自由な島ですから、ああはおっしゃってもとうとお出でくださらないのかもしれないと申しまして、しまいにはみんなで気を落していましたのでござい・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・く、家から出て行きたい様子でしたが、炎天つづきの東京にめずらしくその日、俄雨があり、夫は、リュックを背負い靴をはいて、玄関の式台に腰をおろし、とてもいらいらしているように顔をしかめながら、雨のやむのを待ち、ふいと一言、「さるすべりは、こ・・・ 太宰治 「おさん」
・・・その時の記憶と今度行って見た軽井沢とで、目についた相違はと言えば、機関車の動力が電気になっていること、停車場前に客待ちのリクショウメンがいなくなって、そのかわりに自動車とバスと、それからいろいろな名前のホテルの制帽を着た、丁寧でいばっている・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
出典:青空文庫