・・・ ――無気力な彼の考え方としては、結局またこんな処へ落ちて来るということは寧ろ自然なことであらねばならなかった。(魔法使いの婆さんがあって、婆さんは方々からいろ/\な種類の悪魔を生捕って来ては、魔法で以て悪魔の通力を奪って了う。そして自・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・或は寧ろ私の望む処で御座います。けれども理由を被仰い、是非其の理由を聞きましょう。』と酔に任せて詰寄りました。すると母は僕の剣幕の余り鋭いので喫驚して僕の顔を見て居るばかり、一言も発しません。『サア理由を聞きましょう。怨霊が私に乗移って・・・ 国木田独歩 「運命論者」
・・・が先生僕と比較すると初から利口であったねエ、二月ばかりも辛棒していたろうか、或日こんな馬鹿気たことは断然止うという動議を提出した、その議論は何も自からこんな思をして隠者になる必要はない自然と戦うよりか寧ろ世間と格闘しようじゃアないか、馬鈴薯・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・親爺は、宇一にさほど反感を持っていないらしかった。寧ろ、彼も放さない方がいゝ、とも思っているようだった。「あいつの云うことを聞く者がだいぶ有りそうかな?」「さあ、それゃ、中にゃ有るわい。やっぱりえゝ豚がよその痩せこつと変ったりすると・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・しかし、せいが高いので寧ろ痩せて見える敏捷らしい男だった。 見たところ、彼は、日本の兵タイなど面倒くさい、大砲で皆殺しにしてしまいたいと思っているらしかった。 それが目的格をとっかえて表現されているのだった。 中隊長は、通訳から・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・子・眷族其他の生存者の悲哀が幾万年か繰返されたる結果として、何人も漠然死は悲しむべし恐るべしとして怪しまぬに至ったのである、古人は生別は死別より惨なりと言った、死者には死別の恐れも悲みもない、惨なるは寧ろ生別に在ると私も思う。 成程人間・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・皆曰く。寧ろ一人の無辜を殺すも陸軍の醜辱を掩蔽するに如かずと。而してエミール・ゾーラは蹶然として起てり。彼が火の如き花の如き大文字は、淋漓たる熱血を仏国四千万の驀頭に注ぎ来れる也。 当時若しゾーラをして黙して己ましめんか、彼れ仏国の軍人・・・ 幸徳秋水 「ドレフュー大疑獄とエミール・ゾーラ」
・・・高瀬は途を急ごうともせず、顔へ来る雨を寧ろ楽みながら歩いた。そして寒い凍え死ぬような一冬を始めてこの山の上で越した時分には風邪ばかり引いていた彼の身体にも、いくらかの抵抗する力が出来たことを悦んだ。ビッショリ汗をかきながら家へ戻って見ると、・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・こうして新しい領分が開けたわけですから、その開けた直後は高まるというよりも寧ろ広まる時代、拡張の時代です。それが十八世紀の数学であります。十九世紀に移るあたりに、矢張りかかる階段があります。すなわち、この時も急激に変った時代です。一人の代表・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・譬えば移住民が船に乗って故郷の港を出る時、急に他郷がこわくなって、これから知らぬ新しい境へ引き摩られて行くよりは、寧ろ此海の沈黙の中へ身を投げようかと思うようなものである。 そこで女房は死のうと決心して、起ち上がって元気好く、項を反せて・・・ 太宰治 「女の決闘」
出典:青空文庫