・・・映画館を出てからは、急に尊大に、むっと不気嫌になって、みちみち一言も口をきかない。生れて、いまだ一度も嘘言というものをついたことがないと、躊躇せず公言している。それは、どうかと思われるけれど、しかし、剛直、潔白の一面は、たしかに具有していた・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・の浴衣や蒲団を繕っているのです、いいひとが出征したので此頃さびしそうですね、と感動の無い口調で言って、私の顔をまっすぐに見つめて、こんどは、あの人に眼をつけたのですか、と失敬な事まで口走るので、私も、むっとしました。すくなくとも君たちよりは・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・って行く途中なのだが、重くていやだから、ここへ置いて行く、トマト、いやだろう、風呂敷かえせ、とてれくさがって不機嫌になり、面伏せたまま、私の二階の部屋へ、どんどん足音たかくあがっていって、私も、すこしむっとなり、階段のぼる彼のうしろ姿に、ほ・・・ 太宰治 「喝采」
・・・ 僕は流石にむっとした。わざと返事をしなかった。「マダムが逃げました。」玄関の障子によりそってしずかにしゃがみこんだ。電燈のあかりを背面から受けているので青扇の顔はただまっくろに見えるのである。「どうしてです。」僕はどきっとした・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・ 私は、むっとして顔を挙げました。 暗い電燈の下で、黙ってうつむいて蒸パンを食べていらっしゃる奥さまの眼に、その時は、さすがに涙が光りました。私はお気の毒のあまり、言葉につまっていましたら、奥さまはうつむきながら静かに、「ウメち・・・ 太宰治 「饗応夫人」
・・・で、おりおりはむっとして、己は子供じゃない、三十七だ、人をばかにするにも程があると憤慨する。けれどそれはすぐ消えてしまうので、懲りることもなく、艶っぽい歌を詠み、新体詩を作る。 すなわちかれの快楽というのは電車の中の美しい姿と、美文新体・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・立入った理論はぬきにして、試みにある一つの歌を一遍声を立てて、読み下した後に、今後は口をむっと力を入れてつぶって黙読してみるといい。あるいはもっと面白いのは口を思い切ってあんと開いて黙唱してみるといい。するとせっかくの歌の口調が消えてしまっ・・・ 寺田寅彦 「歌の口調」
・・・それを今眼前に暴露されるような気がして、思わずむっとして、そうして憂鬱になったのかもしれない。 それはとにかく、自分はその同じ日の晩、ある映画の試写会に出席した。映写の始まる前に観客席を見回していたら、中央に某外国人の一団が繩張りした特・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・昨年の会など、見ているうちに何だか少しむっとするような気がして来てとうとう碌に見ないで帰って来て、それきりもう二度とは入場しなかったくらいである。勿論これは二科会の責任ではなくてただ自分という一人の人間の勝手な気持によるものである。しかし今・・・ 寺田寅彦 「二科展院展急行瞥見記」
・・・ぼくもむっとした。何だ、農学校なぞ終っても終らなくてもいまはぼくのとこの番にあたって水を引いているのだ。それを盗んで行くとは何だ。と云ったら、学校へ入ったんでしゃべれるようになったもんな、と云う。ぼくはもう大きな石をたたきつけてやろうとさえ・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
出典:青空文庫